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#17

”Athlete” 浦田理恵(ゴールボール日本代表)
”With” 小宮正江(ゴールボール日本代表)

ゴールボールは、
視覚に障がいがある選手達が音を頼りに、鈴の入ったボールを互いに投げ合い、
相手ゴールに入れて得点を狙う対戦型のチームスポーツ。

試合に出場するのは1チーム3名。
試合時間は12分ハーフの合計24分。
障がいの程度により競技力に差がでないよう、
選手達はアイシェード(目隠し)を着用し、見えない状態でプレーする。

このゴールボールで、日本代表チームの守備の要として活躍するのが浦田理恵(40)。
ボールがどこにあるのか察知する「サーチ力」は世界でもトップクラス。

2012年ロンドンパラリンピックでは金メダルを獲得。
しかし連覇を狙った2016年リオパラリンピックでは、準々決勝で敗退した。
現在は、2020年東京パラリンピックで金メダル奪還を目指して練習に打ち込んでいる。

浦田は20歳の時に、突然の病に襲われ徐々に視力を失っていき、
1年半後、病院で網膜色素変性症と診断された。
絶望の淵にいた浦田が出合ったのが、ゴールボールだった。

2004年27歳の時、
アテネパラリンピックのゴールボール競技がテレビで放送されており、
友人に状況を聞きながら日本の銅メダル獲得を知った浦田は
「私もあんな風に輝いてみたい」と競技を始める。

その画面に映っていた日本代表の小宮正江(42)は
浦田が通っていた学校の卒業生で、ゴールボールの練習のため卒業後も学校を訪れていた。
「ゴールボールをやりたい」と直談判した浦田に、
小宮は手取り足取りゴールボールの基礎を教え込んだ。

トップ選手でありながら、練習時間を割いて熱のこもった指導をしてくれる
小宮の期待に応えるべく、浦田はメキメキと実力を上げた。

以来、浦田と小宮は2008年北京大会、2012年ロンドン大会、
2016年のリオデジャネイロ大会と3大会連続でパラリンピックに共に出場し
今も日本代表チームを引っ張っている。

2020年東京パラリンピックに向けて、
競い合いながら、支え合いながら、共に成長していく二人に密着した。

浦田理恵(40歳)

所属:障がい者スポーツ選手雇用センター「C’s Athlete」
1977年7月1日生まれ
熊本県出身
2004年アテネパラリンピックで銅メダルを獲得した小宮選手の姿に憧れ、
ゴールボールを始める。念願の出場となった2008年北京大会では7位に終わるも、
2012年ロンドンで大会は副キャプテンとして、
そしてコートではセンタープレーヤー(司令塔)として活躍し金メダルに輝いた。
リオデジャネイロ大会ではキャプテンとして挑むも準々決勝で敗退した。

小宮正江(42歳)

所属: 障がい者スポーツ選手雇用センター「C’s Athlete」
1975年5月8日生まれ
福岡県出身
小学生の時に網膜色素変性症を発症。
2004年アテネパラリンピックでは銅メダルを獲得。
7位に終わった2008年北京大会での雪辱を果たし、
2012年ロンドン大会では主将としてチームをまとめ、
団体競技初の金メダルを獲得した。