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#2
”Athlete” 廣瀬順子(視覚障害者柔道 女子57㎏級日本代表)
”With” 廣瀬悠 (視覚障害者柔道 男子90㎏級日本代表)
廣瀬順子(25)
所属:伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社
1990年10月12日生まれ
小学5年生で柔道を始める。
19歳の時、「成人スティル病」により、視野の中心部分を失う。
その後視覚障害者柔道と出会い、2014年アジア大会準優勝などを経て、2016年5月のリオパラリンピック代表選考会で勝利し日本代表となった。
趣味はカエルのグッズ集め。
廣瀬悠(36)
1979年7月17日生まれ
小学生2年生から柔道を始め高校ではインターハイにも出場。緑内障による視力低下をきっかけに視覚障害者柔道に転向。
2008年には北京パラリンピックに出場し5位入賞。2016年には妻・順子と共にリオパラリンピックへの出場を決めた。
関節技や絞め技を中心とした格闘技「ブラジリアン柔術」の黒帯でもある。
パラリンピックの正式種目の一つ、視覚障害者柔道。
ルールは基本的に健常者のものと同じだが、全盲・弱視の選手が一緒に競い合えるように工夫されており、互いに組み合ってから開始する点、場外規定がない点などが特徴として挙げられる。
この視覚障害者柔道の女子57㎏級日本代表としてリオパラリンピックへ出場するのが廣瀬順子(25)だ。
小学校5年生から柔道を始め、高校時代はインターハイに出場。
19歳で病気のため、視野の中心部分を失い柔道から離れるも視覚障害者柔道と出会い、再び畳の上へと戻ってきた。
彼女の活躍をすぐそばで支える一人の人物がいる。
廣瀬悠(はるか)(36)。
夫であり同じ視覚障害者柔道の選手でもある悠さんは廣瀬と同じくリオパラリンピックの代表だ。
視覚障害者柔道を通して出会った二人は昨年12月に結婚。
それまで順子さんは東京を拠点に練習していたが、「自分が一番幸せな場所にいた方が強くなれると思った」
と、結婚後すぐに夫・悠さんの住む愛媛県松山市に移住した。
練習では組み合って汗を流し、家に帰れば並んで夕食を作る。
何をするにも二人一緒だ。
視覚障害者同士の暮らしには不便も多いが、共にいれば苦にならない。
どこにいても、二人の間に笑顔は絶えない。
世界の舞台での闘いへ向け、練習漬けの日々を過ごす廣瀬。
ハードなトレーニングも「二人だから頑張れる」と言う。
夫婦として、練習パートナーとして。支え合って日本代表の座をつかみ取った。
夫婦そろってのパラリンピック出場という快挙の裏側にあった知られざる、努力と絆の日々を追った。