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ミャンマー崩れる民主化 国軍クーデターと弾圧
■末延吉正が取材したアウンサンスーチー氏
山口
ミャンマーは再び民主化の道をたどることができるんでしょうか。中国がミャンマーに対して影響力を強めていくことも懸念されています。きょうは、世界に先駆けてアウンサンスーチー氏を単独取材したこともある末延吉正さんと考えていきます。よろしくお願いします。
末延
よろしくお願いします。
山口
それではまずクーデター勃発時の状況です。
上山
ミャンマー国軍によるクーデターが起きたのは2月1日の朝でした。国軍がアウンサンスーチー国家顧問やウィンミン大統領、複数の与党幹部を拘束しました。この日は、総選挙後初の国会が開かれる予定でした。クーデターでアウンサンスーチー氏率いる「国民民主連盟 NLD」の政権を転覆させたミャンマー国軍は1日、「国家の立法・行政・司法の権利を総司令官に移行する。非常事態宣言の期限は1年間とする」と声明を発表しました。
軍トップのミンアウンフライン総司令官が国家権力を掌握したのです。アウンサンスーチー国家顧問は現在、ミャンマー国軍により自宅に軟禁されています。ミャンマー当局は3日、スーチー氏が許可を得ないまま違法に携帯型無線機を輸入し使用した疑いで訴追しました。有罪の場合、最長で禁固3年の可能性があります。
山口
きょうのゲスト、末延吉正さんは、テレビ朝日バンコク支局長だった1995年にアウンサンスーチー氏に単独取材をしました。当時の軍事政権によって軟禁されていたスーチー氏は、1995年7月10日に6年ぶりに解放されました。末延さんは、解放された4日後に世界に先駆けて単独インタビューに成功しました。末延さん、当時取材した時の状況を含めて、今のこのスーチーさん、どのように考えていますか。
末延
私は92年の終わりに、アメリカからバンコクへ動いたんですね、転勤で。その時、二つ見てました。カンボジア和平とそれからミャンマーの軍政がどうなるか。カンボジアの方は、日本が頑張った。最後はフンセン独裁体制になったけど、かなり頑張ったんです。UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の明石さんと今川大使。ミャンマーの方に、その後すぐ転戦しようと思ったけど、まず当時はビザが出ない。これをどうやって取るか、後で出てくると思うんですが、軍事政権は、最初は怖かったです。もう、いつもチェックされていたから。私は未だにビザが出ませんから。私は当時、とにかくスーチーさんに会いたいと。26年間獄中で頑張った南アのネルソン・マンデラさんに次ぐリーダーですね。マンデラさんも取材したんですが、どういう人物なのか知りたい。解放直後に会って、本当にびっくりするぐらい輝いていました。後光が差していて。人間というのは、こんなふうに生きられるのかみたいな。悲劇のヒロイン、犠牲の精神ですね。国民と、お父さんのアウンサン将軍が作った国家の民主化のために、自分のご主人が亡くなった時もミャンマーを出なかった。国外へ出たら帰って来られなくなるから。その犠牲の精神は内外から高く評価されたんです。ただ、現実の政治家になった時にはなかなか難しさがあるってことを今は思いますが。初めてインタビューした時は本当に緊張しました。いつもはあまり緊張しないんですが、ガチガチになりました。そして嬉しかったですね。
山口
やはり存在感のある方だったということですね。
末延
これはもう世界中、特に欧米系のジャーナリストがね、言葉は悪いですが、スーチーファンみたいな。みんながプロ・スーチー(プロ=支持)でしたね。そんな中で日本政府とか、プロ的に政治を見ている人からは批判されました。私なんかもかなり厳しい批判、バランスが悪いんじゃないかみたいな指摘はされました。
山口
末延さんは実は、アウンサンスーチー氏のインタビューの1年前、1994年の段階で、当時の軍事政権の最高実力者にも単独取材している。ミャンマーでは国軍はどういう存在と考えたらいいんでしょうか。
末延
スーチーさんのお父さんのアウンサン将軍が日本で軍事トレーニングを受けた。海南島だったかな。そして最初はイギリスとの独立闘争を戦い、最後は日本軍と戦う。独立前に亡くなるんですが、建国の父であり、建軍したのもアウンサン将軍。だから軍というのは非常に誇り高い部分があります。スーチーさんが問題なのは、イギリスの方と結婚したので、欧米のメディアに推される形で人権だけを言い過ぎるんじゃないのかということなんです。複雑な感情、外国にあれこれ言われたくないというのがあって、甘いって言われるかもしれませんが、100か0かみたいなこと言わない方がいいんですね。当時はキンニュン第一書記が軍情報部のトップなんです。彼に会わないと、私の取材が危ないし、ビザが取れない。色んな意味で私は最初に彼のところに行ったんです。インタビューを放送する時に国営テレビのオープニングに日本の軍艦マーチがいきなり流れるんですよ。パラシュート部隊の軍の画がながされて。それでキンニュンさんが主役だから「キンニュンreceived Mr.Suenobu」みたいな、そういう感じで放送されました。違和感はありましたが、話してみるとキンニュンさんもスーチーさんのことは好きでしたよ。表では言えないけど、というのを聞いたことがあります。最後、彼は軍の派閥、利権争いで揉めて、麻薬に関する件と言われてますが、更迭されるんです。ただ、僕が行った時は間違いなく実力者でした。あそこにまず入らないと取材ができないという状況でした。
■拡大するミャンマーの抗議デモ
山口
末延さんはミャンマーで取材を重ねてきたということなんですが、今のこのミャンマーを考えます。国軍によるクーデターを受け、ミャンマーでは抗議デモが断続的に行われています。最大都市のヤンゴンでは7日、クーデター以降、最大規模の数千人が集まり抗議活動が行われています。参加者は、アウンサンスーチー氏が党首を務める与党のシンボルカラーである赤色の風船や、独裁政権への抵抗を表す3本指を掲げながら、軍に抗議の声をあげました。デモは日を追うごとに規模が大きくなってきています。
上山
番組では、ミャンマーの今の状況について6日、日本の現地法人で働いている方にお話を伺うことができました。「日常生活には全体的に大きな影響はない。物資の購入などもスーパーマーケットなどは開いているので可能。普段は国外の番組が視聴可能ですが、1日以降、国外の報道関係のチャンネルはすべて視聴が不可になった。国内の電話回線は利用できるが、国際通話は利用できなくなっている状態」ということです。
山口
現地からの情報によりますと、報道に関してはこの軍関係のテレビ局しか見ることはできない。ただ末延さん、デモがだんだん大きくなってきてますよね。これが政情不安にさらに繋がるのかどうか、この辺りどう思いますか。
末延
ミャンマー、ビルマの大衆のマグマというのは、あんなものじゃないです。88年から90年の頭、本当に凄かったんです。軍の抑え込み方も、大衆のパワーへの恐怖心に駆られているという感じで凄まじかった。ミャンマーの人は敬虔な仏教徒でおとなしいんですが、一旦、火がつくとカァーっと燃え盛るんです。だから、流血みたいなことにならないことを祈っています。要するに、スーチー人気というのは凄いんですよ。スーチーさんと選挙やると100対0で必ず負けるんです。だから、民政移管の前にNLDが選挙をボイコットした時のような形で、スーチーさんを外して選挙というステップを踏んでいきたいと思っているんです。というのは、去年11月の選挙、あんなに負けるとは思ってなかったはずなんです。まあそこそこはいけると。だけど、やっぱり駄目だった。
■クーデターで全権掌握の国軍トップと日本
山口
先ほど末延さんからもお話がありましたけれども、ミャンマーの国家権力を掌握したミンアウンフライン総司令官は、実は、日本とも関わりがある人物でした。
上山
日本の自衛隊は、ミャンマーが民政移管した2011年以降、防衛当局間の交流を深めてきました。ミンアウンフライン総司令官はこれまで3回、来日しています。1回目は2014年9月26日、当時の菅官房長官と90分間の懇談をしました。2回目の2017年8月4日の来日では、当時の安倍総理大臣と会談。そして3回目は、2019年10月8日。防衛省が招へいし、きょうのアンカーである河野さんも統合幕僚長として参加。安倍総理や茂木外務大臣などと会談しました。河野さん、ミンアウンフライン総司令官は、実際に会って、どのような印象を抱きましたか。
河野
何と言いますか、いわゆるインテリタイプですよね。ミャンマー国と自衛隊というのは、今、ご紹介があった通り、交流があるんですよ。なお且つ、日本財団というのがありまして、日本財団がミャンマー国軍の幹部を日本に招待して、そういうプログラムを組んだりしているんです。そういった面では、非常に関係は緊密なんです。
そのミンアウンフライン司令官の話で記憶に残っているのは、我々は要するにイギリス植民地時代は非常に厳しい試練を受けたと。非常に若い優秀な人たちが彼らの言い方でいくと殺されていったんだと。それで、そこに日本軍が非常に我々を育ててくれたと。このミャンマー国軍の恩人なんだと、日本軍はと。特に鈴木敬司大佐という方おられてですね。静岡ご出身で浜松にお墓があるんです。ミンアウンフライン司令官も、それから日本財団から招待された国軍の幹部たち、皆さん必ずそこに行かれるんです、お参りに。じゃあ、あなた、鈴木大佐って誰かって、我々が聞かれた時に「えーその人、誰ですかって」という話なんですよ。だから、ここのギャップ。
これは別の話になりますが、トルコのエルトゥールル号事件ってありますよね。明治時代に、トルコの海軍の軍艦が和歌山の串本に難破して、串本の人々が必死で救助した。この物語、この事実がトルコにおける、今の親日の基盤になってます。じゃ、日本人、エルトゥールル号事件って何ですかって、聞かれた時に、「何?」ということなんです。これはやっぱり日本人大いに反省しなくちゃいけないところです。それぐらい、向こうは恩にきてるということなんですね。これは大東亜戦争が意図した、意図しない、別にして、ある意味、結果としては、インドネシアとかベトナムとか、昔で言うビルマの独立に、当時の日本軍がある程度、寄与したという事実は、やっぱり確かにあるんですよ。そこのところもやっぱり日本人としては事実としても押えておく必要があるんじゃないかなと思いました。
山口
ミャンマーにも親日という意識があると。
河野
国軍は極めて親日、極めて親日。極めて親日というか、我々を育ててくれたのは日本軍だという言い方なんですね。
末延
日本政府のパイプとして期待の星があの司令官だったんです。それがクーデターという判断をしたことで、政府は今、凄くショックを受けている。まさかっていう、読み違いだって言うね。期待が大きかったと思いますよ。
■総選挙での国軍大敗がクーデターに
山口
ミャンマー国軍によるクーデターには、去年、行われた、総選挙の結果が影響していたんです。
上山
ミャンマーの総選挙は、去年11月に行われました。アウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟NLDが議会の上院と下院、合わせて476議席のうち、獲得したのは396議席でした。旧軍事政権の流れをくむ最大野党のUSDP、連邦団結発展党は33議席、そして軍人枠は166でした。このNLDの圧勝に国軍は選挙に不正があったと主張していましたが、国連などの選挙監視団は選挙について「公正に実施された」との見解を示しました。この軍人枠ですが、2008年に当時の軍事政権が制定した新憲法で、国会議員の4分の1は軍人枠とすることや、内務省や国防省、国境省の主要3省の支配権も付与し、国軍が強い権限を保持しています。国民民主連盟NLDは2020年1月、「議会における軍人議員枠の段階的削減」などを求める憲法改正案を提出していました。
山口
憲法改正案を出していたということですが、選挙の結果を見るとアウンサンスーチーさんが率いるNLDがまさに圧勝だったわけです。そうすると末延さん、ミャンマーの国軍としては、この選挙の結果でかなり脅威を感じていたというところはあったんでしょうか。
末延
あの後、日本政府とか私の事情通の友人とも昨日バンコクに電話して聞いてみましたが、そこまでやらないだろうと思っていたそうです。(国軍は)あの敗北には、ショックは受けていましたが…。ただ、90年代に取材してきた私の感覚から言うと、スーチーさん込みの選挙やったら(国軍側は)絶対勝てません。そのくらい人気がある。
山口
スーチーさんを相手にすると勝てないということですね。
末延
それは、もう、とにかく祖国に人生を捧げた人。しかも建国、建軍の父の娘。だけど、悲劇のヒロインに結局なってしまった。(国軍側が)スーチーさんに1回勝ったのは、軟禁していたとき。2000年。ただ、あの選挙の後、軍服を脱いで民政移管したテインセインさんの政権は、非常に経済も上手くいって評価は高い。むしろ、少数民族との和解とか含めると、ビルマだけを、ミャンマーだけを対象にし過ぎたスーチーさんのやり方よりもいいんだっていう、そういう評価をする人がテインセイン政権についてはいます。
山口
なるほど。ただ、スーチーさんの人気っていうのは、今おっしゃったように、相当、国民の間では強いものがあるということなんですよね。
末延
だから10年かけて憲法作って本当にコツコツやってました。その中で、軍人枠を得ることと、もう1つは外国人の配偶者や親戚がいる人は大統領になれないという規定、この2つが全てなんです。この2つをスーチーさんは変えたいと。これを変えられてしまうと軍としては出番がなくなるんで、ここが多分、根っこにあるお互いの不信感。ここを変えようとするNLDと、そこはさせないという国軍側が結局交わらなかったんだと思います。
■スーチー政権が問題視…ミャンマー国軍の“利権”
山口
今回の国軍によるクーデターの背景には、国軍の利権が絡んでいると、末延さんは、指摘しているんです。
上山
国軍系企業ですが、ミャンマーでは多岐にわたっています。2019年、国連の調査団の報告書によると、約120の事業を共同で展開しています。報告書では、ミンアウンフライン総司令官を含む軍の幹部が率いる2団体は実質、監視や規制を受けることなく莫大な利益を生み出していると指摘しています。アウンサンスーチー国家顧問は「公正で透明性の高い社会の実現」を訴えていますが、末延さん、国軍の利益構造の解体は難しいのでしょうか?
末延
タンシュエさんという人がずっと独裁者でキンニュンさんを放逐していくんですが、軍が2系統に割れた派閥抗争があって、そういう中でテインセインさんという人、割ときちんとしている人が出てきて評価されていたんです。国軍系企業はやっぱりビジネスが下手なんです。だからあの時、国の資産を色々売ったけど駄目なんです。今回のポイントは国営企業。地方に行くとまだ6割くらい電気が無いんですよ、本当に。二期作をやってる農業国ですけど。そういう地方のエネルギー、電気を扱うところや鉄道インフラ、道路。これを民営化するっていうのがNLDの要求なんです。ここを取られると、相当痛い目に合うというんで、ここは間違いなく軍政側が反発した。それからあまり表には出ませんが、シャン州というのが有名ですが、私が取材した頃は、例の黄金の三角地帯、ゴールデントライアングルのヘロインですよ。これがバンコクとか色んな所で売られて、日本の若者がギターの中に入れて運ぶとか。それが捕まってバンコクの刑務所入るというのがあって、私なんかはよくそういうのを取材してたんですが、今は間違いなく覚せい剤とか合成麻薬、これの需要がすごいということです。それを作っている国境地帯、少数民族のこの辺りを管理しているのは全部、軍の司令官。そこの司令官に付け届けとか、そういう関係ができないとこのビジネスが成立しないんです。例のロヒンギャ問題、あの時も麻薬関連の組織が絡んでややこしくなったという解説をする人も現地ではいます。だからその辺が難しい。
例えば中国の人民解放軍なんかもそうですが、軍自体がビジネスをやらないと食べさせていけないという問題です。ミャンマーは貧しいんですよ。私が行った頃はビルマ式社会主義という鎖国状態で本当に貧しかったんです。だから経済成長はしなきゃいけない、ただ誰がそのイニシアチブを握るかっていうところで、NLD側はインテリ知識人風。こっちも実務はあんまり強くない。これがどうも水と油で、最後のところが混ざらないんだなという、そういう問題は背景にあると思います。
山口
ちなみに末延さん。今回、国軍側は1年間の非常事態宣言をする。解除した後、半年以内に総選挙を行うと明言していますが、これが本当にその通りに行くのか、そこはいかがですか。
末延
もう1年延長できますから。そうすると選挙まで最大2年半あるんですよ。無線機を勝手に使ったと。おそらく、こういう事があると思って無線機を用意したと思うんですが、あれで3年ですよ。
山口
スーチーさんがね。
末延
最大3年ですよ。ということは、この2年半くらいの間に、11月の選挙は不正だったと断定する。例えば、軍の中に投票所が無かったとか、そんな事を言ってスーチーさん抜きの選挙へ持ち込めればいいという、法的プロセスに沿ってやるというのが90年代にやった方法です。海外のアメリカなどの世論によっては、スーチーさんをまずリリースしないと始まらないだろうと日本政府も言ってますが、このあたりをどう運ぶのか。それから、先ほど河野さんが言われた日本財団、本当に国境とか行くとあらゆるところで草の根援助をしています。少数民族と軍政側のパイプ役ができるのは、唯一この日本財団です。この存在感が非常に大きいということは現実だと思います。
■「ミャンマー国軍は“脱皮”が必要」
上山
こういうクーデターを見ると、私たち、ちょっとなじみが無いんですけど、やっぱり民主主義国家にとっては文民たる政治家が軍事力を統制する原則、シビリアンコントロールというのがありますけれども、河野さんは、ミャンマー国軍による軍事政権、どういう風にご覧になっていますか。
河野
まずクーデターは絶対やってはいけないことです。これは誰が考えても否定されるべきことですよね。このミャンマーの特殊なとこはですね、シビリアンコントロールが効いてるかという話なんですけど、大統領におそらく指揮権は無いですよね、軍隊。無いですよね。
末延
そもそも無いです。
河野
無いんです。だから軍自体が完全な独立団体なんですね。しかも、なお且つ4分の1ですかね、議席が確保される。しかも、3大臣を指名する権限まで持っている。ですから、クーデターを起こそうと思えば、いつでも起こせる国の仕組みなんですね。だからですね、ミャンマー国軍に対してアドバイスをするとしたら、もうそろそろ考え方を変えるべきだと。ちゃんとした民主主義国家におけるシビリアンコントロールをしないと、やはり国民の代表である大統領のもとに軍が動くという、この体制に、これを契機に脱皮する必要が私はあると思いますね。
末延
河野さん含めて、是非、日本がそこは担うべきところです。あの憲法は、民主主義の憲法ではないですよ。最初から埒(らち)外に置いてありますから。
河野
ここはもう本当に国軍に考え直してもらいたい。
■ミャンマー軍事クーデターでも露呈…米中対立
山口
国際社会がどのように向き合うべきなのか、そこもすごく問われてくると思うんですけれども、その対応について見ていきたいと思います。
上山
バイデン大統領は、4日、「友好国などと協力して民主主義と法の統治の回復を支援し、クーデター指導者に責任を取らせる」と語りました。さらに、2016年に解除した経済制裁を再び課す可能性があると警告しています。一方、中国の国連代表部は4日、「友好的な隣国として、ミャンマーのすべての政党が国民の願いと利益を最優先し、政治的、社会的安定を守ることを望む」と表明しました。
バイデン政権にとって、対中政策、そしてアジア外交の取り組みが、ミャンマーで問われることとなりました。末延さんは、どうご覧になっていますか?
末延
アメリカの民主党は、人権外交というのが一番の売りなんです。だから中国にもここは言います。その中国が一番影響力を持っています。この人権の言い方が、山口さん上山さん、難しいんです。日本が狙っていたのは、要するに、欧米諸国がアジアは駄目だとか、軍政は駄目だ100%駄目だと言うと、外国に内政干渉されたくないという誇り高いビルマ、ミャンマーの人の気持ちがあるんですよ。だからスーチーさんもイギリス人と結婚したというところがなんでと、軍の人とお酒を飲むと残念だと言うんです。お姫様なわけだから、憧れてるんですよ。そこが辛いというのがあるんです。だから、アメリカのアプローチは、日本が上手く日米同盟を使ってハンドリングをして、中国にも言うべきことを言いながら日本が独自路線で軍を向こうに追いやらないようにする。もう一度背広を着て、民政移管のときに戻ってクーデターをやめる。スーチーさんを解放して話し合いに持っていく、それが大事なんです。アメリカがあんまり極端に出ると国軍は中国に行きますよ。中国は軍政の方が(付き合いが)楽なんですから。トップダウンでやれるから。それをやってしまうと地政学的に、中国の一帯一路との関係で日本にとってもアメリカにとっても、アジアにとっても非常に大きな問題を起こしてしまうと思います。
山口
中国にとっての地政学的な観点を確認しておきたいと思うんですね。今、中国政府はミャンマー情勢について静観しているわけですけれども、この番組にもよく来ていただいている朝日新聞編集委員の峯村健司さんがこう解説してくれたんですね。「地政学的な面が大きい。有事の際、特にマラッカ海峡が米国により閉じられると石油の輸入が滞ることになる。その際に、現在の中国からミャンマーを貫くパイプラインが中国にとって、より重要な石油や天然ガスの輸入ルートになる」
地図を使って確認します。この中国にとってはインド洋の出口にちょうどミャンマーが位置している。このマラッカ海峡を仮に封鎖されてしまうと、中東から石油などを運んで来た時にここを通せなくなる。ミャンマーを通せれば中国にとって非常に大きいということで、拡大した地図なんですが、チャウピューというところから中国の雲南省に向かって天然ガスと石油のパイプライン、これが2017年と13年にそれぞれ運用開始しています。これが中国にとって非常に大きな存在になっているということですが、末延さん、中国はミャンマーの今の軍事政権の動き、やはり中国にとっては都合が良いという見ている面もあるんですか。
末延
欧米でファンが多いスーチーさんよりも、軍政の方がやりやすいなというのが本音でしょう。中国も脛に傷を持っている国ですから、人権に関しては。ただ問題は、ミャンマーの人も大国、中国のことはあんまり好きじゃないです。それがASEAN、インドシナでしょう、インド・チャイナですから。印僑と華僑にいつも吸い取られてしまうという構図の中でASEANの人は生きてますから。本音は別なんですが、今の状況ではすぐにお金持ってくるのは中国なんです。だけどスリランカを見ても、債務漬けにされて乗っ取られていく。そのことに対してはミャンマーの政権はかなり慎重にやっていることも事実で、日本の出番はかなりあったんですよ。だからクーデターさえなければということです。返す返すもったいないと。
■「自由で開かれたインド太平洋」とミャンマー
山口
クーデターは絶対あっちゃいけないことだと思うんですが、河野さん、一方でこの地政学的な事を考えていきますと、アメリカからすると、やはり「自由で開かれたインド太平洋」構想がある中で、そこでのミャンマーの重要性もあるわけですね。この点はいかがでしょうか。
河野
今、言われていた、この地図もあるんですけど、簡単に言えば、中国が陸路でも直接、ミャンマーを通ればインド洋に出れるということなんです。だから、ここは非常に戦略的に重要になってくる。逆に言えば、日米豪印の「自由で開かれたインド太平洋」構想にとっては結構、牽制されるようになるんです。それともう1つ、スリランカの話が出ましたけど、スリランカの国軍の人と話したこと、あるんですよ。あそこ、ずっと内戦があったんですよね。内戦後、アメリカ等から物凄い制裁を食らったんですよ。彼ら、何を言ったかというと、だって我々助けてくれるのは中国しかいなかったんだと。だから中国に行くしかないでしょと。みんな助けてくれなかったと、こういう理屈なんです。やっぱり、こういう状況も客観的にあるんですよ。
末延
結果、拠点の港を取られちゃってる。ミャンマーもそこは他山の石として気を付けてはいる。ただ、中国は速いんですよ。キャッシュを持って一気に来ますきからね。その辺は日本がなかなか追いつけないとこです。
山口
まさにこの債務の罠という事になると思いますが、ミャンマーの軍事クーデターにアメリカと中国の対応が分かれる中で、菅政権の外交手腕が今、問われています。日本の現地法人で働いている方は、ミャンマーの今後について、このように話してくださりました。「当社は進出時から、ミャンマーの人々に貢献でき、共に利益を享受できるようにすることを掲げています。今は社員とご家族関係者の安全を最優先に考えていますが、人々が平和でまた経済成長が持続できる環境に戻ってほしい。混乱が収束して欲しいということが一番の願い」
■日本外交だけが果たせる役割
上山
茂木外務大臣は1日、談話を発表しました。「日本政府はミャンマーの民主化プロセスを強く支持してきており、これに逆行する動きに反対する。民主的な政治体制が早期に回復されることを、改めて国軍に対し強く求める」
山口
日本人の被害の情報は、今のところないということですが、末延さん。そもそも日本政府とスーチーさん、スーチー政権との関係性、ここはどうだったんでしょうか?
末延
私が90年代に感じたのは、日本政府はあまりにも軍政寄りで、スーチーさんはあまりいい感情は持っていなかったです。軍事政権の一部の腐敗したところに行くお金になるから援助しないでくれということを、私が取材した時、何度もスーチーさんから言われたことがあります。もっと透明(な政権)になってからにして欲しいと。だけど結局、透明でない中国にスーチーさんの政権も寄らざるを得なかった。長いこと最貧国で、やっとテイクオフしそうになったミャンマーの苦しさはあります。今度、イギリスの最新鋭空母が西太平洋に来る。安保理議長国のイギリス、アメリカ、日本がどのくらいミャンマーと信頼関係を築いてきたかと中国に言えるか。日本財団の活動も含めて。逆に、この辺のリアリズムというのを欧米の国に伝えられるか、ここに私は期待もし、心配もしているんです。
山口
そこのリアリズムですよね。理想だけじゃなくて、やはり現実を見てスーチーさんも政権を担ってきたわけで、そこで今、大国の思惑もあるわけですよね?
末延
ビルマ語、ミャンマー語が専門の大使の丸山さんというのが5回目のビルマ勤務です。言葉ができないとちょっと難しいんで、スーチーさんと丸山大使はいいとは思うんですよ。ただ、私なんか90年代、‘プロスーチー’っていう感じで言われて日本大使館入れなかったですけど。リアリティを持ってやる。そのバランサーをやるのが、私は日本だと思います。これは日本外交がカンボジアで最後には失敗してしまったんですが、これを成功に導く、私は本当に(日本外交の)チャンスだと思ってますけどね。
上山
河野さんはどのようにご覧になってますか?
河野
私はミャンマー国軍に、先ほども言いましたけども、ミンアウンフライン司令官から余計なお世話と言われるかもしれませんが、もうここやっぱりシビリアンコントロールが効いた民主主義国家における軍隊に変貌する時期に来てると思うんです。クーデターするということは無理をやっているということですから、ここはもうそういう発想の転換を期待したいですね。
末延
逆に言えば日本は、ユニフォームを着ていた自衛隊の人は、非常に戦後、辛い思いしたんですよね。河野さんは非常にバランスが良くて、安倍政権の時(制服組として)初めて官邸に直接ブリーフィング行かれた。日本の場合は、あまりにもそこがおっかなびっくりところが逆にあった。だから、そういう河野さんだからこそ、私はぜひ制服を着た人同士でなければわからないメンタリティというものがあると思うんで『クーデター駄目だ』ということを、相手の面子を保ちつつ話をしてもらいたいと思います。日本政府と一緒に。そこは期待しています、本当に。
■重要性を増す“菅・バイデン会談”
山口
ミャンマーの軍事クーデター。そして米中の覇権争いもあります。今後の重要ポイントについて、末延さん、何だと思われますか?
末延
バイデンさんが今は中国に厳しい人権外交に出ていますが、元々、チャイナマネーのことを言われてきた人なので、バイデン政権のブリンケン国務長官はいいんですが、本当にきちんと、中国に原理原則を突きつけながら、上手くバーゲニングできるのかどうか。そこで日米同盟というのが上手く機能するかどうか。イギリスも入れて試されるところです。アメリカの友だちに聞くと、バイデンさん、いつまであのままいけるのだろうか心配だという指摘をする人もいますから。今のところ中国にものを言っていますが、そこは凄く重要な分かれ道になる。だからそういう意味でも、菅さんは早く訪米して、オリンピックのこともありますが、バイデンさんと首脳会談を早くやってもらいたいなという期待はしています。
山口
なるほど、河野さんいかがでしょうか?
河野
まずクーデター絶対やっちゃいけないことなんですけど、ただ、ミャンマーという国、非常に日本にとっても重要な国なんですね。ここのところは日米で、よくよく単発的にストレートにバンとかではなく、中国の動きを見つつ上手く戦略的に。これは本当に外交が試される課題だと思います。
山口
河野さんは自衛隊のトップをずっとやってらっしゃって、先ほどずっと見てきましたけど、ミャンマーの国軍にとっては日本というのはすごい親近感というか、過去の歴史も良い面で捉えているところもあるわけですよね?
河野
もちろんです。
山口
そこを生かすことも大事だと思うんですが。
河野
ですから、そういう面の国軍とのパイプはありますから、これは大事に維持すべきだと思います。
山口
これどうですか、国軍が、先程から河野さんがおっしゃっている、今までの権益を諦めて、普通の軍隊になることができるのか、そこはいかがですか?
河野
それは、やっぱり権益ありますから、なかなか簡単にいかないと思います。ただ、歴史の流れってものがあるんですね、誰にも抗し難いものがある。そこは、やっぱり歴史の流れっていうものがあるという事です。だからそこに期待するという事です。
末延
それと面子を潰さないということが大事なんだ、ミャンマーと付き合うときに。そこが大事だと思います。
河野
やはり逆行はできないということなんですよ。
(2020年2月7日放送)
番組ホームページへの掲載にあたって、末延吉正・東海大学教授から改めてコメントが寄せられました。
加えて、権威主義体制の中国が力を増しているという国際情勢の下で、人権無視や、民政に逆行する軍の独裁体制を批判する欧米などの国際世論は無視するということなのでしょう。
親日国ミャンマーのNLD(民主派)と国軍、双方にパイプを持つ日本政府や経済界は、ミャンマー国民の訴えを受け止めて両者の対話のために積極的に動かなければならないと思います。このままでは、軍政をODAなどの援助で支えた80年代~90年代と全く変わっていません。弾圧による犠牲者をこれ以上出さないために一日も早い行動が必要です。
日本も民主化の推進に関わってきたミャンマーでは、国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー国家顧問らを拘束しました。2020年2月7日『BS朝日 日曜スクープ』は、1995年に世界に先駆けスーチー氏を単独取材した、元テレビ朝日バンコク支局長の末延吉正・東海大学教授(東海大学平和戦略国際研究所所長)や、国軍とも交流のあった河野克俊・前統合幕僚長とともに、ミャンマーの今後と、中国が存在感を増す可能性に向き合いました。国軍は弾圧を強め、危機的状況が続いています。