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#112

新型コロナ対策に見る米中関係の深層

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中。初期段階から厳しい対応をとってきたアメリカ。 日本との違いを生んだのは「インテリジェンス能力」でした。2020年2月9日の『BS朝日 日曜スクープ』は、感染症は安全保障と考える米国の状況を特集し、「日本版CDC」の必要性を議論しました。

■湖北省以外でも相次ぐ大規模病院の建設

山口

中国政府が抱える新型コロナウイルス対策の課題。さらには厳しい対応措置を打ち出しているアメリカの水面下の動きを読み解きます。

大木

東北医科薬科大学特任教授、感染症、感染制御がご専門の賀来満夫(かく・みつお)さん、

朝日新聞・国際報道部記者で、アメリカと中国の覇権争いの特集記事「米中争覇」を担当しており、近著に「潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日」(朝日新書)を書かれた 峯村健司(みねむら・けんじ)さんと一緒に考えていきます。宜しくお願いします。

山口

感染源となった武漢市では、60歳のアメリカ人女性も死亡しました。2月9日現在、湖北省は、感染者数が2万7100人死者も780人、4093人が重症で、1154人が危険な状態だといいます。医療の状況も深刻で国家衛生保健委員幹部は「重症者への治療にあたる医師や看護師が足りていない」さらに湖北省の幹部は「呼吸器系などの医療従事者が2250人以上足りない」とまで話しているんです。このあたりは、峯村さん取材を通して詳しいと思いますが、現状どうなのですか?

峯村

かなり深刻な状況だと考えています。昨日(2月8日)、中国の中央政府が会合を開きました、その中で、少し驚いたことがあります。武漢だけに全国から1万1000人のお医者さんを集めて投入したというふうに指示を出していました。ということは、おそらく今だと、医療従事者不足が2250人以上というレベルではなくて、相当足りない状況になっているのではないかと推測できます。

山口

そしてこれを見てください。武漢以外なんですよね中国全土に感染症が広がっていて、2月9日現在、広東省1095人。それから浙江省も1048人と広がっています。この推移というのは非常に気になってくる状況です。武漢市がある湖北省以外のところで広がりを見せているとこと、峯村さん気になりますね?

峯村

広東省が湖北省以外で一番いま、感染者の多い場所になっています。広東省の深圳の郊外にいる私の知人に電話をしました。彼の話ではすでに3日に1度しか外出が出来ない、その外出も、例えば買い物をして食料調達をするという時だけに限られていて、さらに、外出時も警察官が24時間監視していて、その警察官に身分証を見せて買い物だけに行けるというような状況に今はなっています。

山口

集団感染が多発しているんです。浙江省では大型バスでお寺にツアーに行った24人が感染。天津ではデパートで23人の感染、その結果店員194人隔離、お客さん9000人以上に自宅待機。さらに、峯村さんの取材によりますと、広東省は7から8か所、いま肺炎専門病院を建設中なんですね。

峯村

そうなんです。ニュースだと武漢市のいわいる10日間で造った病院のイメージがありますが、それと同じものを広東省の中でも造っている。全部で8000ベッドを収容できるぐらいの規模です。ということは、おそらく、今、発表している1000よりも相当多い感染者がいるという想定で、広東省の政府が動いているのではないかということが推測できます。

山口

賀来先生、当初は武漢から始まったわけですが、湖北省以外に広まってきている。日本は当然、物流、経済の結びつきがありますから、日本への影響は考えなきゃいけないですよね。

賀来

かなり影響は大きいと思いますね。物流の件も含めてですけども、感染が日本へも韓国へもアジア圏全体に広がっていく可能性はあると思います。

山口

川村さんは、この現状をどう捉えていますか?

川村

日本の私の知っているNGOの代表も5万枚のマスクを中国に贈呈したと、武漢に。けれども他のNGOが送ったものが、どうも現地に着いていないと。実際に、ある報道によると、重慶に送ったマスクが実際には重慶に届かずに、手前のある市が全部それを、変な言い方をすれば横領したと言いますか、ストップして自分たちの街にそれを配ってしまったというようなことで、重慶市に謝罪したなんて記事も出ていましたので。

■中国の全人代延期も 習近平政権に打撃

山口

全国人民代表大会(全人代)が延期されるかもしれないというニュースが入ってきました。大木さんお願いします。

大木

ロイター通信は「中国政府が3月開催予定の全国人民大会(全人代)の延期を検討している」と報道。ある高官は、「3月までに(新型コロナウイルスが)封じ込められる可能性は低い」ため、「延期も選択肢のひとつだ」と語ったといいます。ただし、中国・外務省は全人代の延期検討について「聞いていない」と否定しています。

山口

ロイター通信が6日に伝えたということです。全人代、全国人民代表大会は、国会に相当し、中国の憲法で最高の国家権力機関と定められています。各地方や軍などの代表ら、およそ3000人で構成。毎年3月、北京で開かれ、2003年SARS流行時にも開催されました。峯村さんの取材では、今年の全人代は延期の可能性があり得るとお考えですか?

峯村

私も何人か当局者に聞いており、十分その可能性はあるという感触を得ています。全人代というのは、3月上旬に北京で開かれます。地方でそれぞれの省が大会をやって、その中で議論を積み上げて、北京に持っていって、最後、皆さんで討論するという過程を経ます。今の段階でいうと、いくつかの省では、まだ地方の代表大会が開かれていない状況なので、3月の予定通りにというのは、難しい情勢になっていると考えています。

山口

地方レベルでの議会は、今、開けない状況になっているわけですけど、武漢市のある湖北省では、感染拡大を防ぐのに重要な時期、1月12日から17日に、全人代に向けた会議を開いたとして、初動の対応が問題視されています。今回、全人代が異例の延期となると、習近平国家主席にとって、大きな痛手になってしまいませんか?

峯村

その通りだと思います。全人代自体は、1954年から始まって、文化大革命とか混乱期を除き、1978年以降は毎年必ず開かれています。もし開かれないということになると、本来、全人代で決めなければならない経済政策をはじめ、色々な重要政策が動かない、決まらないということになると、国の運営にも関わる事態に発展しかねないという非常に深刻な状態になります。

山口

川村さん、もし開かれなければ大変な事だと思うのですが、4月で調整中の習近平国家主席の国賓来日への影響は考えられますか?

川村

もちろん、延期、延期が積み重なって、訪日の前までに(全人代が)開かれていないということになれば、日本への訪日自体、さらに延期という可能性もあると思いますね。しかし、訪日をある程度前提に考えれば、全人代を延期しても、4月前までに終えるということを前提に動いている感じもします。というのは、アメリカとの経済摩擦についても、全人代で報告があるはずですから、その意味でもあまり延期しては、習近平体制の権威が落ちることなりますから、その辺の兼ね合いの問題だと思いますね。

※中国の全国人民代表大会の常務委員会は、3月5日に開幕する予定だった全人代の延期を正式に決めました。新たな開幕日は示していません。

■「SARSのときの10倍のインパクト」

大木

峯村さんが注目したグラフがあります。中国の今回の新型コロナウイルス感染(赤)と、17年前のSARS感染数(青)を比較したものです。中国国内では、この2つの感染拡大の規模を並べて取り上げているメディアもあるということです。急激に上昇しているグラフが、新型コロナウイルスの感染者数。17年前のSARSの流行と比べても、いかに深刻な状況なのかが見て取れますが、峯村さん、中国政府は、今回の新型コロナウイルスの影響どのように受け止めていますか?

峯村

このグラフで一目瞭然だと思いますが、複数の中国政府関係者がSARSの時と比べ感染速度やインパクトともに約10倍ぐらいだというような表現をされています。グラフを見ても、既にSARSの10倍に近い勢いで、感染者数が増えている状況です。極めて深刻な事態と受け止めています。

山口

賀来先生は、医師の立場からこのグラフをご覧になって、SARSと比べても新型コロナウイルスの急激な感染の拡大、どのように思われますか?

賀来

衝撃ですね。感染症って危機そのものですね。クライシスと言いますけど、本当に衝撃的だと思いますね。

山口

3日に急きょ開かれた、中国共産党「中央政治局常務委員会」で、習近平国家主席は、新型コロナウイルスの感染対策に関して、異例ともとれる指示を出していました。

大木

習近平国家主席ら指導部が打ち出した方針は、新型コロナウイルス対策を「統治システムへの一大試練」と位置づけた上で、「今回明らかになった欠点や不備について、危機管理能力を高めなければならない」責任を果たせない状況があれば、「直接の責任者や党・政府の主要な指導者の責任を追及しなければならない」というものでした。

山口

峯村さん、習近平国家主席の指示は、地方政府だけでなく、党・中央政府の主要な責任者まで問う強い内容ということですか?

峯村

これはいわゆる、湖北省とか武漢市の幹部だけを処罰する、今のところ300数十人が処分されていますが、それだけでは済まさない、中央の幹部にまで責任を問うというところが一つ。もう一つ、私が気になったのは、やはり「統治システムへの一大試練」というところです。統治システムという言葉は、昨年10月の四中全会という会合で、習近平指導部が決めた最も重要な、統治システムを今後、改革していこうと決めたものです。これが一大試練を受けているという言い方は、かなり危機的な、政権がひょっとしたら揺らぎかねないぐらいの危機感を今、抱いているのではないかと受けとめて良いと思います。

■習近平政権 権力集中の功罪

山口

峯村さんは、新型コロナウイルスが、なぜ感染拡大したのか分析するにあたって、習近平政権の統治体制にも注目する必要があると分析しています。どういうことでしょうか?

峯村

それぞれ対応に問題があったのは、共通しています。まず胡錦涛体制の場合、SARSが起きたのは2002年~2003年にかけてでした。この時、胡錦涛政権がまだ誕生したばかりだったので、まだ権力基盤が脆かったというのが一つ。さらに、当時引退したばかりの江沢民氏との、権力闘争があり、対応が乱れていました。もう一つは、先ほどご指摘があった通り、全人代の最中だったので、どうしても全人代を開きたいという思いから、隠ぺいをした疑惑がもたれています。ところが今回、習近平体制でいうと、胡錦涛政権と比べると、極めて権力基盤は固まっていて全く問題は無いように見えるのですが、実はその権力基盤が固まりすぎ、強すぎている習近平国家主席が問題ではないかと私は考えています。

山口

どういうところでしょうか?

峯村

胡錦涛氏の時は、常務委員9人で、集団指導体制をとっていました。しかし、習近平体制で言うと、習近平氏がすべてを決める一強システムなのです。習近平氏が色んなグループのトップに就いていて、習近平氏の判断、命令がないと動かないという体制になっています。実は、効率よく見えますが、報告があがるルートは数が限られています。よって、現場から上がる情報が遅くなったり、判断が遅れたりしています。反腐敗キャンペーンで200万人ぐらいの幹部が逮捕されている状況で、人によっては忖度をしてしまって、なかなか正直に報告が出来ない、良い報告しか出来なかったり隠蔽したりする幹部がいます。今回の場合は、習近平氏の周辺も状況把握が遅れてしまって、判断にどうしても時差があったのではないかと考えています。

山口

つまり、習近平体制がこれだけ強大化し、権力が集中し、中国も国力が昔に比べたら相当上がり、盤石かと思われたわけですけれども、逆に、一強体制は、足元が一部崩れてくると実は脆いところが見えてしまうというわけでしょうか?

峯村

そうですね。やはり、どんなに有能な人でも、一人でやる能力は限られていますし、特に、今回気になっているのは、習近平氏が1月17日、18日にミャンマーを訪れています。帰ってきて、翌々日の20日にしっかり徹底してこう対処しろと指示を出すまで、ほとんど中央政府、地方政府も動けなかった状況だったのではと思います。そこから考えても、やはり、習近平氏がいない間は何もできなかったと言えるのではないかと思っています。

山口

このあたりの問題点を、川村さんどうご覧になりますか?

川村

私もその通りだと思いますね。ミャンマーから帰って来た次の日には雲南省に視察に行っていて、報告をあげようと思っていたタイミングも、さらにずれたということがありましたけれども、実際に指示を出した途端に、感染者の数も増えてきたと。それは、情報をきちんと公開しろということによって、どんどん公開情報の中で、感染者が増えてきている。習近平主席が、今回どこまでにこの問題についての収束宣言ができるのか、どういう判断を下しているのか、そして、何を目的としてやろうとしているのか。更迭される人間も増えるのだろうと思います。そうすると、SARSの時は8ヶ月で収束宣言、収まったということですけれど、8ヶ月ということが、実際に本当にSARSと同じような形で収束できるのかどうか。これは日本にとっても、東京オリンピック、パラリンピックの問題もありますので、非常に気になるところですよね。

■米国の厳格措置の背景は「1月3日から30回」

山口

一般論ですけれど、一強体制で忖度が働くような社会はこういうところで脆いのかなと、私は思ってしまいます。この今回の新型コロナウイルスの感染拡大なのですが、アメリカ政府は、中国からの入国を原則禁止とするなど厳しい措置を打ち出しているのです。

大木

今回のアメリカ政府の措置です。WHOが緊急事態宣言を出した1月30日中国全土への渡航中止退避を勧告。翌31日にはアメリカも緊急事態を宣言します。過去14日以内に中国に滞在した外国人の入国を2月2日から拒否というものでした。日本政府が、武漢市を含む湖北省と中国全土を区別して対応していたのに比べますと、同じ時期なのですが、温度差があることが分かると思います。この件について、習近平国家主席は、(2月)7日トランプ大統領との電話会談で言及しました。「アメリカが冷静に感染状況を判断し対応措置を合理的に決定・調整するよう希望する」というものでした。アメリカ政府のこの厳しい措置を読み解くにあたっては、インテリジェンス能力に注目すべきと、峯村さんはご指摘されているのですが、この点ご解説をいただけますか?

峯村

何人かのアメリカ政府関係者に聞いたのですが、アメリカ政府は、昨年(2019年)12月末の段階から、今回の新型肺炎の問題をつかんでいたことがわかりました。日本と違って、武漢に総領事館があるため、そこの総領事館を中心に、調査をしていていたそうです。先日、2月3日の中国外交部報道官の記者会見で明かした、ある文言が気にはなっています。その趣旨は、アメリカ政府が厳しすぎると批判をするための会見だったのですが、そこでポロっとその報道官が、『我々は1月3日から30回、アメリカ側には病気の拡大状況を説明している』と言ったのです。ここが非常に気になりました。今、実際の公開情報では、中央政府は1月20日から動いたことになっているのですが、実は、1月3日の段階で中国側は把握して、アメリカ側に報告していたということが、その中から出てくると。さらに、この状況を、中国とアメリカ両政府の関係者に聞くと、この30回だけではなくて、疾病部門同士でも情報のやり取りをしていたという話、証言を得ています。それを考えると、わずか1ヶ月ぐらいの間で、アメリカ政府は今回の新型肺炎の極めて深刻さを相当重視した上で、早期の対応に出たのではないかと考えています。

山口

こうやってみると、本当にアメリカの情報収集能力はすごく長けていると思います。今、お話にありましたけれど、結局、1月3日から(中国からアメリカへの状況報告が)30回は少なくともあるということが考えられるわけですよね。

峯村

そうです。

山口

日本とアメリカの対応をもう1回見てみると分かりやすいのですが、アメリカは、30日の段階で中国全土を渡航中止にし、退避勧告を出している。日本はその翌日(31日)、中国全土に関して、不要不急の渡航自粛を出している。渡航中止勧告は、湖北省だけということで、この段階で圧倒的な差が出ていると言えると思います。峯村さんは、もちろん米中両方ともパイプを持って取材されているわけで、このあたりの危機管理能力を、日本の動きと比較してどのように思われますか?

峯村

非常にアメリカは素早かったというふうに言えます。私の知り合いの中国にいるアメリカ大使館員も、既に帰国しています。この大使館員は国外に出張中だったのですが、出張先から中国に帰らずに、そのままアメリカに帰れという形という本国からの命令を受け、帰っています。アメリカ大使館と総領事館は緊急要員という人たちしか残っていない状況なのです。それで考えると、相当アメリカは準備をしてきて、今回レベル4(警戒最高レベル)を出したということが言えます。さらに、私ちょっと驚いたのですけども、その同じ1月30日に、ウィルバー・ロス商務長官が、今回の新型肺炎は、ひょっとしたらアメリカ企業がアメリカに戻る、中国に進出しているアメリカ企業がアメリカに戻るチャンスかもしれないというかなり踏み込んだ発言をしているのですね。そういうことも考えると、アメリカは、2手3手先の事を考えているのではないかと考えています。

山口

賀来先生、アメリカ政府の危機管理、どう思われますか?

賀来

リスクをしっかりと評価して、リスクアセスメントに基づき対応する。的確な情報に基づいて、的確に危機管理するという意味では本当にすごいですね。

山口

本来はこうあるべきということなのでしょうか?

賀来

やはり感染症は一旦拡大すると防ぎようがないので、感染管理を徹底していくということなのですね。

■新型コロナ警告の医師死亡の衝撃

山口

この辺り、日本も学ぶべき点が非常に多いと思うのですけれども、今月7日、新型コロナウイルスによる肺炎を巡って、原因不明の肺炎が流行しているといち早く警告をしていた、湖北省・武漢の医師、李文亮(リ・ブンリョウ)さんが亡くなったのですね。

大木

李さんは、去年12月30日、武漢市政府が公表する前にSNSを通じて、同僚の医師に『原因不明のウイルス性肺炎』と警告を出していました。警察からデマを流したとして、訓戒処分を受けました。その後も、医師として治療を続けていましたが、自らもこの新型コロナウイルスに感染して入院。「治ったらすぐに現場に戻りたい。ウイルスはまだ拡散しているんだ。逃走兵にはなりたくない」と取材にお答えになっていました。奥様との間には、6月に2人目のお子さんが生まれる予定だったということです。そして、7日未明、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなりました。峯村さんは、李文亮医師死亡の発表で、気になる点があるということなのですが?

峯村

李先生の死去というのは、非常に大きなインパクトがあると思います。公式発表では、現地時間の7日午前3時にお亡くなりになったという発表でしたが、実際は、前日夜午後9時半に既にお亡くなりになっていたという情報を複数の中国メディア関係者から聞いています。その証拠に6日夜の段階で、一旦、中国メディアは李先生死亡報道をしているのです。しかし、それを取り消しています。

峯村

この背景について、色々と中国政府の関係者に聞くと、亡くなったといきなり発表をすると、衝撃が大きいという判断があったそうです。懸命に延命措置をするという姿勢を見せ、SNS上でも盛り上がって、中国政府は一生懸命救命しようとしているのだとキャンペーンを張って、できるだけ和らげてから発表しようとしたということが言えます。ところが実際は、その後もSNS上で李医師の死を悼む声は広がり続け、10億回も視聴されたそうです。国民の怒りが爆発したわけです。結局は、中国側の思い通りにはならずに、SNS上の書き込みを削除するという状況になっています。そういう意味で、盤石と見えた習近平指導部が、初めて民衆の声によって何か対策をしなければいけないと動かざるを得なくなった初めての事例だと考えています。

■「日本版CDCを」感染症と闘うために

山口

全世界への感染拡大が止まらない新型コロナウイルスですが、今後日本が、新型の感染症と闘っていく上で、どうしても必要なものがあると賀来先生は指摘しています。どのような事なのでしょうか?

賀来

『日本版CDC』ですね。感染症は個人でかかりますが、個人から他の方にうつる、そして社会全体にうつっていくという、他の病気にはない特徴があります。そのために、個人を守ると同時に社会全体をどう守るか。アメリカでは、しっかりとした危機管理体制をつくるために、CDCという組織を作っているわけですね。

山口

CDCというのは、 疾病管理予防センターですか?

賀来

そうですね。Centers for Disease Control and Preventionと言うのですが、日本には無い大きな組織です。

山口

先生、具体的にCDCというのはどんな存在なのか教えて頂けますか?

賀来

アメリカ大統領にも提言できる強力な組織で、様々な感染症分野における感染症医や疫学者、基礎研究者など一万数千人規模の組織です。日本だと、国立感染症研究所がすごく頑張っているんですけれど300名なんです。疫学の専門家も日本では80名ぐらいですけれどアメリカでは3600名。予算規模も全然違うんですね。

山口

つまり、日本の感染症の研究者・専門家が80人?

賀来

日本の疫学の専門家は80人。アメリカは3600人。50倍ぐらい違いますね。その人たちが(アメリカの)各地域に配置され、何かが起きたら確実にその方たちが出向き、なぜこの病気が起こったのか、どうして拡がったのか、そういう疫学解析をやっていくんですね。それに基づいて、その後のアクションが取られることになるのですが、そのほかにも微生物の研究や分析も行っており、まさに感染症に対し、総合的に対応して行くことができる組織です。

山口

そういう総合力を持った機関を国が持っているということですね。日本はそれがないということですか?

賀来

無いというか、感染研がその役割を果たさなければならないのですが、予算も人も限られているので、なかなか力を発揮できない。もっと強い組織をつくるべきなのです。

大木

アメリカのCDCは役割の一つに、「疫学を用いて米国民の健康を守る機関」とありますが、「疫学」の重要性について改めて教えていただけますでしょうか?

賀来

病気、感染症が起こった時に、なぜこれが起こったのか、どういう条件で、いつどこで誰がどんな状態になったのか、そういったところをしっかり解析して、読み込んで、そして次の対策に繋げていくということですので、「疫学」というのが、ものすごく重要なポイントになりますね。

山口

例えば今回の日本に当てはめてみると、例えば、クルーズ船で考えた時に、人数がすごく多いですよね。実際にこの指定感染症に指定したので、受け入れる病床が実際には足りないという問題が起きてきています。時間もないし。そういうちゃんとした組織があると、こうした点も変わってくるんでしょうか?

賀来

もちろん国立感染症研究所の方々も努力はしているんですけれど、やっぱり非常に人数が少ないので、マンパワーが足りないのです。これがもっと充実すれば、例えば、武漢から帰った方、あるいはクルーズの方、今後、どのようにこれが拡がっていくのか、様々なところで解析が進むと思います。

山口

もう一点、例えばチャーター機で帰国した人の拘束日数が二転三転し、3日から14日、10日、12.5日と揺れたり、クルーズ船の方は14日とか、ズレがあったり。こういうシミュレーションといいますか、ルール作りという点でもだいぶ違うのでしょうか?

賀来

そういった点でも、例えば、感染症研究所の疫学チームが現在の状況を解析し、対応策を政府に提言する、その提言を受けて、政府の方から国民の方に現状と対応を説明していく。それで、国民の方は、そういう理由だったら納得するということになり、感染症リテラシーの向上にもつながっていきます。こういう危機管理に対応する機関、仕組みは非常に大切だと思います。

■「感染症は安全保障の問題」

山口

峯村さんは、アメリカでの取材経験も豊富ですけど、アメリカのCDCの存在についてどう思いますか?

峯村

世界最強の疫病の機関と言われているだけあって、私が聞いている話では、だいたい24時間、数十人の職員が、全世界が写っているモニターがあり、オンタイムで、どこでエボラウイルスが起きたとか、鳥インフルエンザが起きたっていうのを把握していると聞いています。さらに、根本的な発想の違いだと思いますが、感染症は、安全保障の問題である、と。いかにそれを水際で食い止めるかというところに軸足が完全にあるというところでは日本とは違うのではないかと考えています。

川村

日本人で、ここに留学して研究している医師を、私、1人知っていますけどね、いま戻ってきているのか、さらにアメリカの他の病院に行って研究を続けているのか。日本にアジア諸国から受け入れをするような研究センターがあれば、アジアから多くの留学生も学びに来るんだろうと思うんですけれど。日米同盟と言いながら、この件に関しては、まったく日本は引き離されている感じがしますよね。

山口

たぶん日本の病院も素晴らしいところはあって、医療体制、感染症対策、それぞれの病院の管理体制とかしっかりしていると思うのですが、やはり組織全体の比較で考えると、賀来先生ご指摘のCDCのような疫学専門組織がないと、峯村さんご指摘のいざという時の安全保障ですよね。国防においても、差が出てしまうというところが大きいですね?

賀来

大きいですね。はっきりとした指針を出してもらう。「理由はこうです」と明確に言っていただけるとすれば、一般の医療機関の先生方にもご理解いただけると思います。それが非常に重要だと思います。

山口

やはり色んな点で、例えば原発の問題ひとつとってもそうなのですが、安全保障って武力だけじゃないですよね。いろんな面があって、国民の生命財産を守る、とても大切なとこだと思いますので、ぜひ、そういうところは、日本も見習った方がいいのではないかと思います。

山口

感染拡大が続く新型コロナウイルスですが、今後の日程にどんな影響を及ぼす可能性があるのでしょうか。4月には、中国の習近平国家主席が国賓として来日する方向で調整中。7月下旬からは、東京オリンピック・パラリンピックが始まるということで、峯村さんは経済への影響も含めて、これから日中両政府への影響をどうお考えになりますか?

峯村

日本への影響を非常に懸念しています。実は、私、先日パプアニューギニアにちょっと出張に行こうと思って、ビザを申請に行ったら断られました。理由はこの新型肺炎によるものでした。日本だからというか、全アジアの国ということで、入国を禁止するという説明でした。それで言うと、今、台湾も香港も、どんどん中国からの入国者を厳しく制限している中で、日本だけが今のゆるい状況を続けて感染者がさらに増えるような事態になれば、他国との関係に影響が出てくることを懸念しています。SARSの時ですら収束宣言を出したのが、2003年の7月5日なんですね。もしSARS並みだとしても、発生した時期は一か月ぐらいのラグしかないので、このままいくと、8月のオリンピックまでかかってしまうんではないかと、非常に懸念しています。

山口

結構ギリギリになりそうですよね。賀来先生はどうでしょう?オリンピック・パラリンピックへの影響なども含めて、医師の立場からどう考えますか?

賀来

影響はあると思います。ただ、重症者は少ないので、その点では少しまだ良いんですけども、日本の中で感染が抑えられても、外国からまたそういったウイルスを持って来られる方もいるので、やっぱり両面の対策、日本国内と、国際的な協調の中での対策という、二つの感染対策が行われていく必要があります。

大木

一般的には、やはり暖かくなると収束してくということになるんでしょうか?

賀来

コロナウイルスは暖かくなると活動性は確かに低下しますので、それは自然的な環境はそうなんですけれども、人の要因、動く要因、色んなものが重なるかもしれません。

川村

オリンピックに対する影響はもうすでに出ていて、ご存知の方も多いと思いますけど、ボクシングの予選、中国でやる日程が決まっていたのは、ヨルダンに変更になりました。それから女子のサッカーも、中国で行う予選は、外国に変更しようというような形で、いくつか中国での予選の競技はもう中国では無理だということになっていますので、その意味では日本政府も今後の日程をきちんと把握して行く必要があると思いますね。

山口

そうですね、この後もしっかり見ていきたいと思います。ありがとうございました。

(2020年2月9日)