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#97

帰国17年 蓮池薫さんと今年も考える!!拉致問題の今

拉致被害者5人の帰国から17年になります。しかし、さらなる帰国者は現在までありません。BS朝日『日曜スクープ』は2019年10月13日、蓮池薫さんをスタジオにお招きして、拉致問題の今、そして、解決の突破口を考えました。去年、蓮池さんを取材する際に同行していただいた、慶応義塾大学の礒﨑敦仁・准教授にも議論に加わっていただきました。

⇒2021年11月14日『BS朝日 日曜スクープ』はこちら
蓮池薫さん「北朝鮮に事前に…」拉致解決へ提言
⇒2020年10月18日『BS朝日 日曜スクープ』はこちら
蓮池薫さん「首脳会談、待つだけでなく…」拉致問題解決の訴え
⇒2018年10月14日『BS朝日 日曜スクープ』はこちら
蓮池薫さんと考える!!拉致問題解決の突破口

■米朝実務者協議「決裂」宣言の意図

山口

解決が急がれる拉致問題、今回は、蓮池薫さんをゲストにお迎えして考えていきたいと思います。蓮池さんどうぞよろしくお願い致します。

蓮池

よろしくお願いします。

山口

蓮池さんは1978年に北朝鮮によって拉致され、2002年に帰国されました。去年、私どもが蓮池さんの地元、新潟県柏崎市にお邪魔してお話を伺いましたが、今回は東京・六本木のスタジオにお越しいただきました。どうもありがとうございます。そして、お隣、北朝鮮政治が専門、慶応義塾大学准教授、礒﨑敦仁(いそざき あつひと)さんです。去年、蓮池さんにお話を伺う際、一緒に行っていただきました。きょうもよろしくお願い致します。

礒﨑

よろしくお願いします。

山口

蓮池さんは、現在、新潟産業大学経済学部で准教授を務めながら、拉致問題の解決に向けて、執筆や講演活動を続けていますが、日々どのような思いで活動を続けていらっしゃるのでしょうか?

蓮池

拉致問題に関しては、いわゆる北朝鮮側が死亡と言っている8名の方については明確な根拠は何もないと。そういう前提のもと、つまり、亡くなっているということは証明されていない、ならば、生存しているということを前提に、救出のために運動するのは当然のことです。そういう強い思いをもって、私にできることを微力ながら応援させていただいているというか、自分のライフワークだというつもりでおります。

山口

一日でも早く救出したいという思いだと思います。私たち日本人、皆、同じ思いだと思います。それでは、まず現在の米朝関係からお二人にお話を伺っていきます。10月5日に米朝実務者協議が行われました。

大木

北朝鮮の金明吉(キム・ミョンギル)首席代表は、協議後、「協議はわれわれの期待に沿わず、結局、何の成果もなく決裂した。ひとえに、アメリカが古い態度を捨てようとしないという事実によるものだ」と述べました。対して、アメリカ国務省・オルタガス報道官は「北朝鮮代表団が先ほど出したコメントは、8時間半に及んだ今日の議論の内容や雰囲気を反映していない。アメリカはクリエイティブなアイデアを出し、北朝鮮側と良い議論ができた」と述べました。「決裂」と「良い議論」、米朝両国の主張はかなり食い違っています。

山口

蓮池さん、前回ご出演いただいた時に拉致問題と非核化、これは一緒に解決しなくてはいけないんだとおっしゃっていました。今回の米朝実務者協議どのようにご覧になっていますか?

蓮池

北朝鮮側の狙いは年末にあると。つまり、それまではできるだけ揺さぶりをかける。特に、大統領選挙を1年後に控えているトランプ大統領を動かす。そのためには、今回のアメリカ側の提案も、満足できるものではなかった。多少の進展はあったかもしれませんけれども、ここでもう1回揺さぶりをかけて、さらに情報を引き出すと、そういう戦術戦略が最初からあったんじゃないかなという気がしました。

山口

交渉の過程のひとつだということになるんでしょうか?

蓮池

そうですね。

山口

改めて確認したいのですが、今年2月の第2回米朝首脳会談、ハノイで物別れに終わりました。しかし、その後も北朝鮮はアメリカと直接交渉を続けています。蓮池さん、北朝鮮としては、アメリカと交渉を続けて、確かに「年末まで待つ」というような金正恩委員長の発言もありました。そこに向けての調整を続けているということだと思われますか?

蓮池

そうですね、4月に施政演説の中で、金正恩委員長が直接そういうふうに明示したわけです。その後、アメリカが新しい方法論といいますか、歩み寄ってきたならば、もう一度、首脳会談に応じてもいいかもしれないみたいな話をしていたわけです。ところが、その後アメリカが歩み寄るようなものは出していなかった。6月の末に、板門店でトランプ大統領の呼びかけで、板門店まで出ていきましたよね。あの時に、これは水面下でもアメリカ側から何か歩み寄るようなものが出されたのかなと、と思ったのですが、その後の経緯を見ると、そうでもなかった。これは、やはりトランプさんは繋ぎ止めるけれど、国務省ポンペオ長官を含めあの人たちに対しては非常に厳しいんですよね。今回の(北朝鮮の)声明の中でも、トランプ大統領は、その下の人たちの話を聞いてはならないというような発言もあるわけです。トランプ大統領を少しずつ追い込んで、自分たちに有利な交渉をもってこうと、そういう流れがその後も続いていたということだと思いますね。もう一点、言えるのが、今回、外務省が中心の交渉になりました。統一戦線部、金英哲(キム・ヨンチョル)が降りて、本来、得意技でもある瀬戸際外交というものが、今回また、再び始まったのかなという気もいたします。

大木

そしてちょっとこちらをご覧いただきましょう。北朝鮮は10日、外務省報道官が「核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の中断見直しもあり得る。」という談話を発表したのですが、礒﨑さんは、北朝鮮が「決裂」と強調する、今回の米朝実務者協議をどのように分析されていますか?

礒﨑

蓮池さんと私は非常に近い意見を持っております。決裂と発表したのは巡回大使の金明吉(キム・ミョンギル)首席代表ですね。金氏が、スウェーデンの北朝鮮大使館に帰って、数分後に記者会見を開いているので、とても平壌の金正恩委員長に報告して決裁を取ってという過程を経たようには見えないという意味で、今回はどういう形であっても、アメリカにさらに大きな要求を突きつける、大きな譲歩を引き出したいという思いが、今回の決裂という言葉になったのかもしれません。あともう一点、今出ていない論点としては、やはりアリバイ作りかなという感じもいたします。つまり、北は対話によって物事を解決しようとして、わざわざ実務者協議も開いて、アメリカとやりあったんだけれど、結局、アメリカが譲歩してこなかったんだということを中国に見せておく。それによって将来、米朝関係が破綻したとしても、中国が経済制裁を独自に緩めてくれるような、アリバイを作っておくというのは、1つの策だったかもしれませんね。

川村

と同時に、韓国にも見せておくという側面があったと思うんですね。5日の米朝実務者協議の前、実は4日に、この下の事務レベルで数時間にわたって協議をして、こういうテーマで明日はやりましょうとお互いが合意し、8時間半も話をしているわけです。従って、国際世論という審判がいたとすれば、北朝鮮はバッターボックスに立って、アメリカが投げた球が、本来ギリギリストライクだったかもしれませんけれど、それをあえて見送ってボールだった、バッターボックスを外して、年末までに次のボールを投げてくれと。さらに、より制裁を解除する、自分たちが求めているものにアメリカが再提案をしてくれということが、最初のシナリオにもありきであったのではないか、そういう感じがしてならないんですね。それは90年代から、クリントン政権の時から米朝交渉を見ていまして、いつもある程度、牽制をしていく、そして、得るものがまだ出てきていないという、ある種、独特の北朝鮮流の交渉術だと思いますね。

■米朝協議の進展が及ぼす影響は!?

山口

まさに、瀬戸際の交渉ということになるとになるんだと思いますけれど、ここで、米朝それぞれの溝について確認しておきます。アメリカは「一括で完全な非核化 その後に制裁解除」ビッグディールですよね。一方の北朝鮮側は「段階的な非核化 段階的に制裁解除」をするという流れです。こうした中、アメリカのVoxメディア(10/2付)が報じました。「北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)の核施設を閉鎖してウラン濃縮活動を停止する見返りに、制裁の一部緩和に応じる案をアメリカが検討」「国連安保理が決議した石炭と繊維の輸出禁止措置を36ヵ月間凍結する」と、まさに見返りを与えるという内容なのです。蓮池さん、もしこの報道がこの通りだとすればアメリカ側が北朝鮮に譲歩するということになってきます。これが日本の抱えている拉致問題にどんな影響を及ぼすのか、どのようにお考えですか?

蓮池

拉致問題の解決は、やはり米朝間の非核化交渉の進展というものが絶対必要になると思います。そうでなければ、日朝間で国交正常化なり、過去の清算であり、本格的な話し合いには入っていけないわけです。今回、アメリカが一部制裁を解除するという案を出したと言われていますが、私はどのみち非核化というのは段階的に行かざるを得ないと思います。問題は、その定義とそこまでのロードマップと言いますか、どこまで、いつ、どのようにやっていくかというものが、米朝間で合意されるかどうか。それが合意されれば、段階的にやって行くというのは、自然な流れなんだなと思っています。ただ、今回、その話が討議されているのかどうかも分かりませんし、北朝鮮は頑なに定義する事に反対を、拒否をしていると考えます。なぜかと言うと、信頼関係ができた上で、一歩一歩やって行こうというのは、先を見せない、先をはっきりさせない事によって、あわよくば一部核兵器は温存したい、軍縮交渉に持っていきたいという考えがどこかにあるような気もします。ですから、その辺をしっかり踏まえながらの段階論というのは、やってそうならないと解決に向かわないんじゃないかと思っています。

大木

蓮池さんは、北朝鮮で横田めぐみさんの近くで暮らしていた事があるとおっしゃっていたのですが、未だに北朝鮮にいる拉致被害者の方々、今回北朝鮮とアメリカが直接交渉していること、こういったことは何かしらの手段で知っていると思われますか?

蓮池

当然、知っていると思いますね。それは、北朝鮮、日本のニュースなり国際ニュースを聞く、そういう手段がなかったとしても、北朝鮮の中央放送のテレビは見られるわけですし、労働新聞も見られるわけです。そこには、今回の外務省の談話も載っていますし、交渉の経緯もそれなりに北朝鮮側の立場に立った形で書かれている。それを見れば米朝協議があったとわかるわけですし、今回はちょっと上手くいかなかったなとか、上手くいったなというのは、それを見て当然わかるということですね。

大木

それによって、自身の日本への帰国に対する期待が高まっているという可能性も考えられますか?

蓮池

それは、日朝の話し合いで進展があったというニュースに比べると、そこまではいかないでしょうけども、やはり米朝、アメリカと日本との繋がりというのを考えれば、当然、期待は持つ、そういう問題ではありますよね。

山口

礒崎さんは、今の米朝関係が拉致問題にどんな影響を与えているのか、どのようにご覧なっていますか?

礒﨑

蓮池さんがおっしゃる通り、米朝が進まないと、日朝国交正常化は到底先の話になってしまいますから、難しくなる一方で、米朝が破綻してしまえば、日本がアメリカと北朝鮮の橋渡し役になるかもしれないという可能性も出てくる。ただ、その淡い可能性を期待するよりは、物事が順当に進むことを支援した方がいいと思いますけどもね。

■“条件つけず”日朝首脳会談と平壌宣言

山口

ここからは拉致問題の解決に向けて日本自身の取り組みを考えていきたいと思います。

大木

今年5月、安倍総理がトランプ大統領と電話会談をした後の発言です。「拉致問題を解決するためにあらゆるチャンスを逃さない。私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない。条件をつけずに向き合わなければならないという考えです」ということでした。蓮池さんは安倍総理の『条件をつけずに首脳会談を』という発言、どういうふうに受け止められましたか?

蓮池

条件をつけるという意味は何かということになると、拉致問題が解決しなければ話し合いをしないみたいな風に報道されておりますけれども、そもそも、そういう形では交渉すら行われないわけです。北朝鮮は完全に拒否してきますから。本来の会談の形に戻るだけの話かなと思います。つまり、テーブルの上に日本側は拉致問題に核・ミサイルの問題、北朝鮮側は過去の清算の問題に国交正常化の問題。色々なものを出した上で、それを同時に進めていくと。これを安倍総理が改めてと言うか、明快、明確に示したわけですから、北は当然のことを言っているんじゃないか、みたいにしか見ていないのかもしれません。

山口

礒﨑さんは、安倍総理の5月の発言、どのように捉えてらっしゃいますか?

礒﨑

あの国と対話をするというのは、非常に不愉快で、理不尽な思いをするわけですし、しかも、アメリカのように強大な軍事力や経済力をもってしても交渉が難航する。誰がやっても交渉は難しいですよ。それを承知の上で、でも物事を前に進めないといけないという信念で、無条件で対話とおっしゃっているのであれば、もし本気でそう物事を進めようとお考えならば、オールジャパンで見守るべきものだと思います。ただ、残念なことにやはり難しい。5カ月経っても何ら進展がないという現実があるわけで、どのくらい水面下で物事が動いているのか。そして北朝鮮の不安感、不信感、日本が北朝鮮に持っているのと同じぐらい、北朝鮮も日本政府に対して不信感を持っているわけですから、それをどのように解消していくのかということだと思いますね、今後は。

川村

政府関係者にこの問題について、取材して確認したところ、今、磯崎さんがおっしゃったようにオールジャパンで行くんだと。蓮池さんたちが17年前に帰ってきた時は、日朝平壌宣言と核問題、拉致、ミサイル、すべて解決をした上で合意をし、日朝国交正常化があり経済支援をしてというパッケージで、日朝が合意したわけです。平壌宣言自体を今、日本側が無視しているわけじゃない、それは合意したままで、朝鮮側も破棄したとは言ってない。従って、条件をつけずに、ということは、日朝平壌宣言に基づいて、お互い、これからの将来の安定を目指しましょうと言っているんだと言うんです。ですから、平壌宣言が一番、土台にあって交渉が始まっていくんだと。原点に帰った発言だということを考えれば、家族会の人たちも納得するのではないかと。一つ、蓮池さんにお伺いしたいのですが、蓮池さんが帰国された時に平壌宣言を初めてお知りになったと思いますが、平壌宣言というものについて、この通りだと思うのか、ある程度、変えた方がいいと思うのか、これは、どのように受け止めていらっしゃいますか?

蓮池

私はその時、自分のことで精一杯で、そう言ったことを客観的に見て分析する状況じゃなかったのですが、ただ、拉致問題という表現すら無かったわけじゃないですか。ですから、見る人によって、一体何が言いたいの?どんな内容なの?という部分も確かにありました。『拉致関係』、当事者からすると明確に拉致を入れなかった。これは、やはり北朝鮮が動きやすくするために、政治的ダメージを緩和させるために、日本は配慮したというふうにも考えられるんですね、拉致問題をあえて具体的に明確に出さなかったことは。今後の拉致問題においても、日本側の考えというのが必要だと思うんですね。返してさえくれれば、メンツだとか北の政治的ダメージというものを、ある程度、配慮する、考えるという。そういう意味で、あの平壌宣言には、非常に柔軟性のある内容も込められているのかなと思います。今は。

山口

蓮池さん。拉致被害者の方を一刻も早く返すということが、すべての上において上回る一番大事な事ですよね。

蓮池

そうですね。北朝鮮がなぜ、なかなか一度認めた拉致、5人は返しておきながら、次、返さないのかということに、原点に戻らない。北が求めることは何であり、日本が配慮出来ることはなんであるか。そうやって返しやすい状況をつくる、経済協力をするという大きな枠の一方で必要であると。

山口

礒﨑さんは蓮池さんに直接伺いたいことがあると伺いました。どんなことでしょうか?

礒崎

無条件対話をするということは、今の構想ですよ。安倍総理がおっしゃってから5カ月経ってコンセンサスがあると言うかですね。北朝鮮に強硬な人たちも、安倍総理がそうおっしゃるんであれば対話を応援しよう、という雰囲気なってくるわけですけれども、去年、特に一昨年ミサイルが沢山あがっているような状況の中で、対話が必要だという議論は、なかなか受け入れ難い風潮があったわけです。でも、小泉総理がやったように、日本独自の外交をきちんと行なって、目的を達するためには、手段はある程度柔軟でないといけないという議論もあった。この間の動き、蓮池さん達が帰られて17年間、日本人の北朝鮮に対する世論ですとか、そういったもの、どのように受け止めてらっしゃったかなと思いまして。

蓮池

平壌宣言は、いわいる3点セットと言われる核、ミサイル、拉致ということですよね。当時は、拉致という問題を解決すれば、国交正常化にまで行ける、そういう環境もあったわけです。つまり、核実験もまだしてない時期でしたし、ジュネーブ枠組み合意というのがあり、それなりに米朝間では、その後すぐギクシャクしますけれども、そういう環境があったわけですね。それで動いたという側面はあると思うんですよ。ところが、その後、2006年から科学実験を始めて非常に悪化したわけですね。核とミサイルっていうのは無視できないものになって、『拉致だけ解決すれば国交正常化に行けるのか?とんでもない話だ』という状況になってしまい、難しくなってしまった。日朝間の問題が国際化し、いわゆる核・拉致問題が。そういう状況が今まで17年間続いてきたので、根本的にはそこが大きな理由かなと思いますが、ただし、そういった中で、日本政府として、他に柔軟に何か色んなことができなかったかと考えると、17年ってあまりも長いんじゃないか、という気はしますね。何か出来たのではないかというのは、確かにあります。

川村

そういう流れの中で、日本政府、或いは多くの関係者も、圧力一辺倒。北朝鮮に対しては制裁を緩和するよりは、圧力を、相手を困らせることによって、何らかのことが引き出されるんじゃないか、そういう方向に行きつつあった、実際に行ったんですよね。ですから、6カ国協議でも、北朝鮮はアメリカしか見ていなかった。日本もアメリカが動いてくれば、そこについて行くんじゃないかと、そういう判断を北朝鮮にされたことで、独自交渉がしにくかったという、それが長引いてしまった一つの背景にあったと思います。

■蓮池さんが帰国した後の決断

山口

そういう中で17年が経ち、改めて拉致問題の経緯を振り返ります。2002年9月に小泉さんが訪朝した、そして10月に蓮池さん達が帰国をされた。そして、1年7ヵ月後(2004年5月)お子さんたちが帰国をしたということになるわけです。蓮池さん、2002年10月、ちょうど17年前、蓮池さん達が帰国をしたときというのはあくまでも一時帰国で日本に来たのだという思いだったのですよね、当時は。

蓮池

我々の思いというのもありますけど、基本、北朝鮮はそういう考え方であったわけです。絶対に日本に永久帰国はさせない。本来は日本に返す気すらなかったのです。生存者として北で家族に会わせて終わらせるというのが、北のそもそも生存者に対する考え方、戦術だったのです。そのために拉致ではなく海で救出されてきたかのようなシナリオさえ作られていたわけなのですよ。ところが、それではどうも日朝交渉は進まない、拉致を認めざるを得ないというのが、小泉さんと金正日委員長の話し合いで認めたわけで、日本は『じゃあ返しなさいよ』と言った。とにかく、日本に原状回復というところまで来たわけですから、当然彼らは政治的ダメージもありますので、子供を北朝鮮に置いた中で、『子供が待っているよ』という形で我々を送って、1週間なり2週間なりで帰るという段取りをしたのです。ただ、彼らはそこで、今後のことは本人の意思に任せるということも言いました。ある意味、我々に変なことはしないだろうという気持ちを込めた言葉だったのかもしれませんけれども、そういう複雑な状況の中で、日本に来たというのは事実です。

山口

北朝鮮の平壌を離れる時、お子さんたちとどんな会話を交わされたのか、もし差し支えなければ教えていただけますか?

蓮池

当時、子供たちに、私が拉致被害者で日本人であるということを全然言ってきませんでした。できるだけショックを与えたくないし、北でこのまま暮らしていくしかないのだということで、一切しゃべらず、国内旅行に行ってくると嘘をついてきたのです。子供たちもそういうふうに思っていた。1週間ぐらい行ってくるねと出てきたところ、1週間、1カ月、2カ月、3カ月…帰ってこないから、そのうちに子供たちは北の人に教えられた。お前たちの親は日本人で、今、日本に行っているみたいな話になったそうです。

山口

蓮池さんが日本に帰国をした当初、北朝鮮の思惑としてはあくまでもまた戻すということだったと思うのですが、日本にいる間に、蓮池さんたちの中で、やっぱり日本に残ろうという決断をされてましたよね。その話を少し聞かせていただいてよろしいでしょうか?

蓮池

私、家内もそうですが、残りたいという気持ちはありますが、子供が向こうにいるわけですから、帰らざるを得ないなと。しかし、帰国時までどういう思いかというと、北朝鮮という体制、考え方では、子供を日本に送るなどということは想像すらしてなかった。そんなことあったらいいけど、絶対無理だろうと考えるようにしてきたわけですよ。ところが、周りの話で、家族も子供を取り戻すから残れと言うし、色々、考えてみると、やはり北朝鮮は状況に応じて子供を返すかもしれないと、考え方の変化が起きたのですよ。それも、我々の態度次第で。残って返せって言うので、返さざるを得ないということ。北の求めることは他にあるわけですから。早く進めなきゃならないのもある。拉致しておいて、家族を引き離すなんて言うのは、国際的にはもう誰も合理化できない。誰にも合理化できない話ですから。そういう意味で、不安の中で残って、やり方次第で子供を返してもらう、そこに賭けようという思いに、冷静に考えたわけじゃないですけど変わっていった。その中での決断と言えますね。

■「拉致は引き裂かれた家族の問題」

山口

2002年、17年前のことを振り返りますと、やはり北朝鮮との交渉というのは一筋縄ではいかないという現実もあります。拉致問題を北朝鮮との間で今後解決していくための道筋を蓮池さんは前回、このように指摘されました。「拉致問題・国交正常化・経済協力」と。つまり、拉致問題だけではなく、非核化と一緒に交渉するのだと。それから、拉致問題が解決した後、国交正常化して、日本が過去の清算として経済協力を行うことをお話されていました。蓮池さん、改めて、今、北朝鮮を拉致問題の交渉のテーブルにつけさせるためには、日本側からどんなアプローチが必要だと思われますか?

蓮池

北朝鮮には彼らなりの対話戦略戦術がありますので、そこに何とか日本が入れば、の話で、入らない限り、北が応じなければ、対話は成立しないわけですよね。だから、今の状況で、見向きもしない状況の中で、何か動いたタイミングで、こちらを向くか、また交渉に乗ってくるかということを考えるべきだと思うのですよ。今からいろんな形で北へ、対話に出た時にメリットがあるというメッセージを送ることが非常に重要になってくると思います。もちろん日本の要求も示す。それが達成された時に、北にはどのような大きなメリットがあるかということを、正直、明るい未来という言葉は、一言ではなく、具体的な形として、どこかで見せる必要が出てくると思います。さっき言ったように、ダメージコントロールというのは、北朝鮮が(すべての拉致被害者を)返すことによって、『北朝鮮はやっぱり嘘つきだ』というイメージを、家族会の方々がおっしゃっているように、それを緩和するためのことも、我々は用意があるといった姿勢も示す。そうやって、北の心変わり、変化を待つ、情勢の変化を待つと。それしか今できないのではないかと。「やらない』という国に向かって、「やろう、やろう』って言っても動かないわけですから。

『北朝鮮指導者へのメッセージ』として家族会・救う会が今年2月発表した声明
「全拉致被害者の即時一括帰国が実現するのであれば、私たちは帰ってきた拉致被害者から秘密を聞き出して国交正常化に反対する意志はありません」

山口

北を動かすメリットというのは、例えば、どんなことだと思われますか?

蓮池

それは当然、北朝鮮の経済に対する要求ですよね。過去の清算ということです。北朝鮮の経済発展というのは、体制維持の下での経済発展なのです。体制危機、危険をもたらすような経済発展は望んでもいないわけです。そういう意味からすると、周りで協力する国は沢山あると思います。韓国もあれば中国もあります。しかし、韓国の場合は、今でこそ文在寅政権で融和的な政策ですが、政権が将来変わらないとも限らない。がっぽり経済的協力に持ち込んだ後に、どういうプレッシャー、どういう方向に持っていかれるか分からない危機感があると思います。中国に対しても、今は益々中国依存が増えて、90%を超えました。そうすると、彼らにとって、日本は非常に便利な経済協力になるという構図は変わってない。そこが日本は決め手、カードになると私は思います。

大木

礒﨑さん、今お話にもありましたように、当時と今では色んな状況が変わってきている中で、日本はどうすべきかという点、どのようにお考えですか?

礒﨑

難しい状況になってしまったことは間違いないです。米朝は直接やり取りをしているので、日本が中に入れないですとか、北朝鮮自身、経済がこの十数年間、回復兆候にありましたから。餓死者が沢山出ていた90年代直後の小泉政権のときとは違うとか、国交正常化交渉を開始したいと思っても、すぐには難しいという北朝鮮の諦めもあるでしょうから、やはり、日本側から少し仕掛けていく必要もあるかなと思います。日本として何を求めているのか。日本人の問題ですよ、これは。北朝鮮国内の体制をいじるとかではなく、日本人を奪還するという日本人の問題にまず焦点を絞り、かつ、継続的に交渉していくことですね。政治的なパフォーマンスで決してあってはなりません。きちんと物事を前に進めていくという意思を持ち続けないと、日本もいけないと思います。難しい交渉であることは間違いないですが、難しい難しいって言っていても仕方ないですから。米朝交渉も同じですけれども。

山口

時間だけは過ぎていき、向こうに残されている方がいるわけですから、そこに向けて解決策を示して、動いていかないといけないと思うのですが、最後に、蓮池さん、今一番この拉致問題に向き合う時に大切なこと、視聴者の方にわかっていただきたいことはどんなことでしょうか?

蓮池

やはり一つは、原則論にはなりますが、国交正常化を先にやれば、その流れで拉致問題も解決できるのではないかという考えの方もいらっしゃいます。私は、それは幻想であって、やはり北はシビアな交渉相手ですので、絶対に一対一、こっちをやればこれをやるという原則でいかなければならない。それを皆さんにご理解、支持していただきたいということと、やはり拉致問題は最終的に家族の問題、引き裂かれた家族が再会する、日本で一緒に暮らすという問題です。そういう意味では、拉致されている方々を早く返すという問題プラス、日本にいらっしゃるご両親、お歳を召された方々が、少しでも希望を持って長生きできる状況を作る。それは、日本政府がどのようにケアをし、どのような態度をとるか希望を持たせるか。今、そういうことも重要な問題になってきているのかなと思いますね。

(2019年10月13日放送)

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