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旧ソ連圏で“ロシア離れ”加速 プーチン大統領の求心力は…
■プーチン大統領の面前で“旧ソ連”首脳が口論
上山
続いてのテーマがこちらです。「プーチン大統領 “結束”狙うも… 加速する「旧ソ連諸国」のロシア離れ」 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中で、旧ソ連諸国で起きている地殻変動を見ていきます。
アゼルバイジャン領の係争地、ナゴルノ・カラバフ地域をめぐって、旧ソ連のアルメニアとアゼルバイジャンは30年以上、対立してきました。
両国の首脳は25日、ロシアのプーチン大統領が仲介し、モスクワで関係正常化に向けた会談を行いました。
しかし、首脳会談に先立って開かれた、ロシアが主導する「ユーラシア経済連合」の首脳会議では、プーチン大統領を前にしてもめる場面も…。
アルメニア・パシニャン首相
「アゼルバイジャンはロシアの平和維持部隊がいるにもかかわらず、違反して幹線道路を封鎖した」
パシニャン首相は、アルメニアとナゴルノ・カラバフを結ぶ唯一の幹線道路をアゼルバイジャンが封鎖したと批判しました。
アゼルバイジャン・アリエフ大統領
「アゼルバイジャンは道路の封鎖などしていない」
「アルメニアとアゼルバイジャンの国境に設置した検問所も国際規範に基づくものだ」
ロシア・プーチン大統領
「われわれ全員が紛争の解決に利害関係を有している」
プーチン大統領は、両国に自制を呼びかけましたが、困惑した表情で天を仰ぐ場面も…。旧ソ連圏でのロシアの求心力は低下しているのでしょうか。
■「プーチン大統領の話をさえぎり…ロシアの求心力低下」
上山
プーチン大統領の目の前で言い争いをしたのが、2つの国の首脳たちということです。アルメニアとアゼルバイジャンで、地図を見てみますと、こちらがウクライナですが、両国はロシア、トルコ、さらにはイランに囲まれています。いずれも旧ソ連の構成国です。
この両国の首脳が5月25日、モスクワで行われました国際会議で、公然とプーチン大統領の目の前で、口論を繰り広げまして、プーチン大統領も困惑するような表情を見せました。口論の火種となりましたのが、このナゴルノ・カラバフという地域です。アゼルバイジャンの国内にありますが、アルメニア系の住民が大勢います。このナゴルノ・カラバフの領有権をめぐって、2つの国の対立が30年以上に渡って続いてきました。
ただ、ナゴルノ・カラバフについては、この会議の数日前、アルメニアのパシニャン首相が、アゼルバイジャン領と認める可能性に言及しました。つまり、大幅に譲歩するという発言で注目を集めていました。結局、両首脳は国際会議での口論の後、プーチン大統領を仲介役として首脳会談を行いました。
きょうのゲストの廣瀬さんは、先月末から今月上旬にかけて、アゼルバイジャンを訪問したと伺っています。後ほど、この地域における、長年にわたる領土紛争の行方についても、しっかり伺わせてください。まず注目したいのが、プーチン大統領の目の前で行われた、2カ国首脳による口論です。もともと旧ソ連の構成国なのに、首脳同士がプーチン大統領の前で口論をしていることに驚きました。よくあることなんでしょうか。廣瀬さんはどのようにお考えですか。
廣瀬
これは非常に珍しい、初の出来事ではないでしょうか。しかも、プーチン大統領が話しているところを遮って、さらに、プーチン大統領の存在を無視して、約20分間の口論ですから…。これは、ロシア離れ、そして、ロシアの求心力低下を示す、1つの証拠とも言えるわけで、非常に注目すべき動きだと思います。
■アルメニアの脱退示唆「ロシアとしては…」
上山
きょうは、廣瀬さんからご指摘がありましたが、旧ソ連の構成国のロシア離れ、このあたりも見ていきたいと思います。では、アルメニアとアゼルバイジャン、どのような国なのか、確認します。
まずアルメニアですが、世界最古のキリスト教国として知られています。人口が300 万人ほどです。そして隣にあるのが、アゼルバイジャンです。かつては世界一の生産を誇ったバクー油田が有名です。
こちらの写真は、廣瀬さんから提供を受けたものですが、首都バクーの様子です。ビルが立ち並んでいて、非常に近代的な印象も受けるということです。両国が長年、争っているのが、ナゴルノ・カラバフという地域ですが、面積は山梨県とほぼ同じ、およそ15 万人が暮らしています。アゼルバイジャンの国内ですが、住民の多数派がアルメニア系の住民ということです。
今回、両国の首脳会談が注目されましたが、決して大国とはいえないアルメニアは、安全保障においても、ロシアと距離を置く発言をしていました。
菅原
その発言がこちら、アルメニアのパシニャン首相です。
今回の会談に先立ち、このように述べたんです。「CSTO=集団安全保障条約機構からの脱退を決断する可能性を排除しない」。つまり、ロシア主導の軍事同盟(CSTO)からの脱退を示唆したのです。
では、このCSTO=集団安全保障条約機構というのは、どういったものなのか。ロシアやアルメニアを含む、旧ソ連の構成国6カ国による軍事同盟なのです。もし加盟国の1つが侵略を受けますと、加盟国全体への攻撃とみなして、集団的自衛権を行使する義務があるとされてます。
事実上、ロシアが安全保障を担う仕組みとなっていて、いわば、ロシアに最も近い国々の集まりでもあります。ちなみに、アゼルバイジャンは、現在は加盟していません。廣瀬さん、アルメニアの首相の発言は、脱退を示唆したことになるということですが、安全保障を担ってきましたロシアとしては、この発言をどう見ていると考えますか。
廣瀬
ロシアとしましては、非常に痛いところだと思います。実はCSTOというのは、もっと加盟国が多く、かつては、アゼルバイジャン、ジョージア、ウズベキスタンも加盟していたのですが、どんどん脱退されてしまいました。プーチン大統領としては、このCSTOをNATOに匹敵させるような存在にしたいわけですが、むしろどんどん弱体化が目立っており、これ以上、加盟国に抜けてほしくないというのが本音だと思います。
■アルメニア2回の支援要請いずれも「応じず」
上山
ロシアと近い立場だったはずのアルメニアが、なぜロシアと距離を置く言動に至ったのか。その理由を読み解いていきますと、ナゴルノ・カラバフでの領土対立と、そしてウクライナでの戦争中のロシアの対応に行き着きます。
上山
もともとは、親ロシア国家であった旧ソ連のアルメニアが、なぜ軍事同盟の脱退まで示唆して、ロシアと距離を置く言動に至ったのか。そこには、30年以上に渡る領土対立の歴史がありました。
振り返りますと、ソ連の解体が進む中で、1991年から第1次ナゴルノ・カラバフ紛争に突入します。この紛争は1994年にアルメニア側が勝利する形で停戦し、その後、ナゴルノ・カラバフは、アルメニアが実効支配を続けていました。
ところが2020年、第2次ナゴルノ・カラバフ紛争が起きます。今度はアゼルバイジャンがトルコの支援を受け、大攻勢をかけまして、ナゴルノ・カラバフのほとんどの地域を奪還しました。このとき、対するアルメニアですが、ロシア主導のこちらの軍事同盟、CSTO=集団安全保障条約機構に加盟していたので、軍事支援を要請しましたが、応じてもらえませんでした。
さらには去年9月、このときはロシアがウクライナに侵攻中ですが、この時にも武力衝突というのが発生し、両軍でおよそ280人が死亡しました。アルメニアはこのときもCSTO=集団安全保障条約機構に支援を要請したのですが、またも支援に応じてもらえなかったのです。
アルメニアは2020年と去年9月の2度、CSTOという、ロシアが主導する軍事同盟に対して助けを求めたにもかかわらず、応じてもらえなかったということになります。
そして今回、アルメニアが軍事同盟からは脱退する可能性を示唆しました。「地域の安全保障システムは機能しておらず、我々は西側のパートナーと協議を始めた」と強調しました。廣瀬さん、アルメニアは親ロシアの国だったはずなんですが、ロシアから距離を置くような動きが出てきています。ナゴルノ・カラバフ紛争で軍事支援を受けられなかった、こういった事情も大きいのでしょうか。
廣瀬
これは非常に大きいと思います。CSTOに入っていることによって負うべき負担も出てくるため、アルメニアはロシアの軍基地も国内に抱えているわけですけれども、それをめぐるトラブルも多々ありました。また、2020年からの一連の流れで、何度、支援を要請しても、やはり応じてもらえなかったことで、鬱積も溜まっていきました。
ロシア側としましては、確かにかつての第1次紛争の時には、アルメニアを相当支援したという背景がありますが、アゼルバイジャンは石油大国で国際的なポジションも非常に高くなっています。そのようなアゼルバイジャンとは、軋轢を生みたくないというところもあって、ロシアとしては、戦場がアルメニア本土にならない限りは支援をしないという姿勢を貫いてきたんです。
戦場は基本的にナゴルノ・カラバフやその周辺地域、つまりアゼルバイジャン国内に限られていますので、それでロシアはのらりくらりとやってきたわけですけども、アルメニアとしてはそのようなロシアの姿勢が許せないということもありました。また、ロシアがアゼルバイジャンに、かなりハイクオリティな兵器を売っていたということも、アルメニアにとってはロシアの裏切りだと感じられました。これについても、アルメニアはロシアに苦情を申し入れていました。それを受けたロシアは、アルメニアに対しては同盟国なので、兵器を無料ないし非常に安価で提供している、しかし、アゼルバイジャンには非常に高く売っているんだというような言い逃れをしていたのですが、そういうような諸々が対露不信感を募らせてきたのです。ロシア不信という形で募ってきた。それが、今回の動きの背景にあると思います。
■「2020年の戦争 全世界に衝撃」ドローンの兵器利用へ
上山
渡部さんはどうでしょうか。アルメニアは、ロシアの軍事同盟国ですが、このように繰り返し、支援の要請をしたけれども、ロシアが難色を示して協力をしてもらえなかったと事情、どのように分析していますか。
渡部
プーチン大統領は、2020年に発生した第2次ナゴルノ・カラバフの紛争において、軍事支援、軍事介入をしなかった。結局、プーチン大統領にとって、アゼルバイジャンはCSTOに入っていないものの、敵ではないんですよね。敵ではない。彼にとっては重要な国であるから、直接、軍事介入をしなかったのだろうと思います。
2020年の戦争で非常に印象的だったことがあります。アゼルバイジャンはトルコから軍事支援を受けて、トルコ製の兵器を使用しました。特に有名になったのはドローンなんですが、バイラクタルTB2というトルコ製のドローンが大活躍をして、アルメニア軍の戦車を徹底的にドローンだけで破壊しました。これは全世界に衝撃を与えたんですね。それ以来、ドローンの有用性が叫ばれるようになって、今回のロシア・ウクライナ戦争でも、ウクライナ側はバイラクタルTB2を多用したという経緯があります。
上山
2020年でのドローンの戦果を見て、それをもとに今回…。
渡部
ウクライナ側が利用したということですよね。
■アゼルバイジャン大統領が語る「軍事の根幹」
上山
ナゴルノ・カラバフの領有権をめぐって、アルメニアと対立してきたアゼルバイジャンですが、きょうのゲストの廣瀬さんが今月上旬にかけてアゼルバイジャンを訪問しました。
アゼルバイジャンの大統領にも直接会ってお話を聞いたということですが、アゼルバイジャンはどうなんでしょう。ロシアとの関係、それから今後の安全保障については、どのように考えているのでしょうか。
廣瀬
アゼルバイジャンはトルコとの関係を、これまで、そして今後の軍事の根幹と考えています。大統領が再三にわたって言っていたのは、「NATOに加盟することは決して有効ではない」ということでした。例えば、ジョージア、ウクライナはずっとNATO加盟を目指してきましたが、結局、いまだに入れていない。入れていないどころか、ロシアと戦争になっている。
しかし、アゼルバイジャンは、トルコとの軍事協力によって、2020年の戦争も勝つことができたと。トルコというのはNATO加盟国なわけです。トルコと協力することによって、アゼルバイジャンはNATOに入らなくても、NATOと同じような軍事的なレベルで戦うことができたということで、加盟というような「名をとらず」、実際にNATOと協力するような「実をとった」と。「我々はもうNATOの準加盟国のようなものだ」ということを強調していたのが非常に印象的でした。
■紛争地となったナゴルノ・カラバフ「今も続く現地の緊張」
上山
廣瀬さんは、紛争の舞台となっているナゴルノ・カラバフにも足を運んだということですが、長い紛争があった地域、今はどのようになっているのですか。
廣瀬
奪還した後、アゼルバイジャンは復興にものすごい熱意と費用をかけています。まず、フィズリ空港という立派な空港を造りました。その空港建設にあたっては、資材を全部、バクーからヘリコプターで運んだそうです。空港完成後は、空港を拠点にどんどん開発を進めることを目指しているわけですが、地雷が相当埋まっていますので、なかなか思うようにはいかないというところがあるのです。
シュシャという、アゼルバイジャン人がもともと多く、多くの偉人を輩出したアゼルバイジャンが非常に重視している地を中心に、まず開発を進めてゆき、同時に戦略的に重要な拠点、例えば、先ほど景勝地と紹介されたラチン回廊の付近や、イラン国境付近、アグダム、フィズリというような重要拠点に、スマートシティーなどを作って、そういうところから徐々に人を帰還させていきたいと考えているようなのですが、それもなかなか難しい。
まず復興が非常に難しいですし、アルメニアとの小競り合いも頻繁に起きているんですね。たびたび人が亡くなっています。そういうこともありまして、フィズリ空港からシュシャに行くまでの間は、ずっと途切れずにアゼルバイジャン兵が見張りで立っているような緊張感もありました。現地の緊張感というのはずっと続いたままですし、また、かつてはカラバフに住んでいて、カラバフに戻りたいと言っていた住民も、同地を離れてから30年ぐらい経ってしまっていますから、世代が変わってしまっています。
かつてそこに住んでいた人たちは高齢化してしまっていますし、その子供の世代はバクーなどで生まれ育ち、現在の生活を築いていますから、自分たちにとってカラバフというのはあまり縁のない土地になってしまっているんですね。特に、子供がいたりしますと、もうここに職や生活があるのに、なぜカラバフに行かなければいけないんだということにもなります。実際の帰還というのは容易ではないところではありますが、より早いカラバフの再発展ということを目指して、政府は尽力しているところです。
■「“旧ソ連”とはルーブル建てで取引」
上山
30年以上という長い紛争の歴史が影を落としてしまっているところがあるんだと思うのですが、ロシアに対する制裁を見たいと思います。木内さん、これまで規制対象となった製品が迂回輸出されてきました。
先日のG7広島サミットでは、迂回している第3国に働きかける、制裁の「抜け穴封じ」も首脳声明に盛り込まれました。ただ、アメリカの戦争研究所はプーチン大統領が5月25日、モスクワで国際会議を開催しまして、制裁回避の機会が拡大する可能性が高いと、このような指摘をしているんです。つまり、この旧ソ連の構成国がロシア制裁の抜け穴になる恐れがあるという指摘も出ています。制裁逃れの対応も含め、木内さんはここまでご覧になって、いかがですか。
木内
第3国に働きかけて、制裁の抜け穴になるなと言ったところで、それを強制する手段もないので、これは言っただけという感じだと思いますね。実際、ロシアに近い国、あるいは中立の立場をとるグローバルサウスという国は、サミットでこういうふうに言われても、そのまますぐそれを受け入れたわけではないので、なかなか制裁の迂回輸出などを減らすのは難しい。
一方で、ロシアの、旧ソ連の友好国というのは、ルーブル建てで貿易ができる数少ない国なんだろうと思います。そういう意味では、SWIFT(国際銀行間通信協会)制裁とでも問題なくルーブルで貿易できる。ですから、そこを通じて先進国からの製品が迂回で入ってきてしまうということなので、ロシアにとっては、非常に重要な、経済的に重要な国ということになります。そういった国がロシアとの距離を置いていくこと自体は、ロシアの経済にとっても打撃になる。一方、先進国にとっては制裁を強化できる手段にもなるということで、両方とも非常に注目して見ているということじゃないかなとは思います。
■“中央アジアの大国”カザフスタンも苦言
上山
旧ソ連の構成国の間でのロシア離れというのは、アルメニアとアゼルバイジャンにはとどまりません。中央アジアの大国であるカザフスタンが核兵器の配備をめぐってロシアに苦言を呈しています。
菅原
ロシア主導の軍事同盟であるCSTO=集団安全保障条約機構の加盟国は、旧ソ連の構成国の中でも、とりわけロシアとの関係が近いとされてきました。
しかし、その中の中央アジアの大国カザフスタンも、ロシアに苦言を呈しています。カザフスタンのトカエフ大統領の発言です。ロシアとベラルーシに言及をしまして、「今や核兵器まで共有しようとしている」と苦言を呈したんです。振り返りますと、今年3月にはプーチン大統領がベラルーシに戦術核兵器を配備することで、ルカシェンコ大統領と合意しました。さらに、今月25日には、ロシアのショイグ国防相とベラルーシのフレニン国防相が、ロシアの戦術核兵器をベラルーシ領内に配備する文書に署名をしていました。こうした一連の動きに対して、公然と反発をしたわけです。
きょうのゲストの廣瀬さんによりますと、この反発の背景にあると指摘されているのがこちらです。1994年のブダペスト覚書です。これは、旧ソ連の核兵器を保有したウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンが核兵器不拡散条約(NPT)に加盟して、核を放棄する代わりに、米国、英国、ロシアが安全を保証することを約束しました。廣瀬さん、カザフスタンのトカエフ大統領の反発ですが、ブダペスト覚書にカザフスタンが入っている。これが念頭にあるということでしょうか。
廣瀬
私はその通りだと思います。ブタペスト覚書によって、ベラルーシ、ウクライナ、そしてカザフスタンは自国にあった核兵器をロシアに移送するということで、核保有国を減らしていくという試みに協力をしたわけです。しかし、これにつきましては、やはり一番後悔しているのがウクライナでありまして、特に2014年にクリミアをロシアに併合されて以後、ブダペスト覚書で核兵器を放棄していなければ、ロシアはこのような暴挙に出なかったのではないかという議論が起こるわけです。
他方、かつて旧ソ連諸国はロシアに核兵器を移送することに合意し、実行したにもかかわらず、今回のベラルーシとロシアの取り決めは、ブタペスト覚書に反して、ベラルーシに戦術核兵器を再び戻すことを意味します。そもそも、ロシアがウクライナからクリミアを奪ったり、ウクライナにも攻め込んでいる時点で、ブダペスト覚書に完全に違反しているわけですが、さらに、違反の上塗りをし、核の問題をより自国に有利に使おうとしているという批判ではないかと見ております。
上山
廣瀬さん、旧ソ連の構成国で、ロシアと距離を置く言動が相次いでいるのは、やはりウクライナへの侵攻、それから長期化が影響していると考えていいのでしょうか。
廣瀬
そうですね、ウクライナをめぐる問題が大きな影響を及ぼしていると思います。特に、今回のロシアによるウクライナ侵攻について、ロシアに寄り添っている国はベラルーシだけなんですね。それ以外の国はすべて反対を表明しています。特に今、名前が挙がったカザフスタンのトカエフ大統領は、そもそもロシアによるドネツク、ルハンシク両「共和国」の国家承認についても反対を表明するなど、かなり激しいリアクションを示しています。
しかし、俯瞰して考えると、もう少し前からロシアに対する離反が始まっているように思います。実は昨年1月に、カザフスタンでは政変があったのですが、その時、ロシアが主導するCSTOが情勢の安定化に一役買い、さらに任務終了後はすぐに解散しました。従来のロシアが関わる動きならば、情勢が安定したあとも、軍が居座るなどネガティブな展開がつきものなのですが、終了後にはすぐに解散するなど、その見事な姿勢が称賛すらされました。しかし、実は、そもそもその動きはロシアが主導したものではなく、当時CSTOの議長国のアルメニアのパシニャン首相とトカエフ大統領が2人で連携してやった動きだったとも言われています。
両氏はロシアに主導権を取らせてはいけないと考えたようです。その辺から、ロシアを排除する動きが露呈しはじめていた。さらに、ウクライナ侵攻で、旧ソ連諸国がロシアに反発する意思をもはや隠さなくなったという状況ではないかと思います。
■中央アジアで存在感を増す中国
上山
渡部さんはいかがでしょうか。旧ソ連の構成国の、ロシア離れともとれる動き、どのように、ご覧になっていますか。
渡部
結果的に、プーチン大統領のウクライナ侵略が完全に、戦略的に失敗したということは言えると思うんですよね。考えてみれば、主要先進諸国は広島にG7サミットで集まった。インドを始めとするグローバルサウスの代表たちも広島に集められた。
そして片や中国は、中央アジアサミットをやって、プーチン大統領の子分と思っていた国々が、ロシア抜きで中国に取り込まれました。全体を見れば、ロシア、プーチン大統領の孤立というのは明らかなんですよね。だから侵略が、いかに戦略的に失敗したかというのは明らかだと思います。
上山
中国は旧ソ連の中央アジア諸国にも働きかけを強めているということですが、木内さんは、例えば、旧ソ連の構成国からロシアが引いていく。そして、その代わりに中国が入ってくるということ、これはロシアとしては受け入れざるを得ないと見ているのでしょうか。
木内
まずはやはり、中国の「一帯一路」構想の中に、中央アジアは重要なパートとして入っているわけですから、経済的には関与をずっと強めてきているということだと思います。ただ「一帯一路」構想は、純粋な経済だけじゃなくて、軍事と一体で、色々な物流、海路・陸路両方でも物流を確保するためのという意味合いもあるので、やっぱり軍事力で抑えるということからすると、中国としては一体だということですね。
ロシアにとっては裏庭に中国の軍事的な影響力も入ってくるというのは、それは嫌だとは思いますが、ただ現状、ウクライナ戦争以降は、中国に対して経済的にだけじゃなくて、軍事的にも関係を強化するという働きかけているわけですから、現状で言うと、もうしようがないという、そういうことなんじゃないかなと、黙認ということじゃないかなとは思います。
上山
廣瀬さんはどうでしょうか。中国による旧ソ連構成国に関係強化する動き、これについてはどういうふうにご覧になっていますか。
廣瀬
ロシアとしましては、当然、中国の旧ソ連構成国に対する影響力拡大は面白くありません。中露は、かねてより中央アジアでの連携をしようということで分業をしていました。中国は経済を担当する、そして、ロシアは軍事と政治を担当するということで分業していたわけですけれども、近年、中国の影響力が強くなってきまして、もはやその分業体制もかなり崩れていた。つまり、政治、軍事の部門でも、中国の影響力がかなり強くなってきたということがありました。しかし、中国との格差が広がる中で、ロシアは事実上、それを黙認せざるを得ない状況に追い込まれていたわけです。
特に今回のウクライナ侵攻を受け、ロシアがこれほどまでにウクライナに苦戦をしているというような状況を見る中で、旧ソ連諸国も、もはやロシアを恐れることはないんだと、こんなに弱い国だったんだということを感じてしまい、さらにロシア離れを加速しているといえるでしょう。先ほど、お話に出ました、アゼルバイジャンでの国際会議には、中央アジアなどからの参加者もたくさんいたんですけれども、みなさん、全くロシアを見ていないというような感じで、度々話題に上っていたのは、中国からトルコを中央アジア、コーカサス経由でつなぐ中央回廊の話でした。中央回廊は、ロシアを完全に排除した交通・通商路になりますので、もはや、旧ソ連諸国の多くの未来予想図にロシアの姿はないようです。
■ウクライナ侵攻で加速する“ロシア離れ”
上山
お話を伺ってまいりましたが、廣瀬さんはこのウクライナ情勢、今後の重要ポイントはどのあたりにあるとご覧になっていますか。
廣瀬
ロシアは今後、ウクライナの反転攻勢を受ける中で、より軍事的に苦しい立場に追い込まれると思うわけですけれども、同時に、旧ソ連諸国、今までロシアが勢力圏と思っていた部分もどんどん崩れているような状況です。
先ほど、ナゴルノ・カラバフの話がありましたけれども、昨年、実はタジキスタンとキルギスの間の国境紛争なども起きていまして、旧ソ連がかなりもうぼろぼろになっている状態なんですね。そこをどのように守りながら、ロシアが今後、継戦能力を維持できるのかが、非常に注目されるところだと思います。
上山
渡部さんは、今後のウクライナ情勢、どのような点に注目されますか。
渡部
ウクライナ軍のこれからの攻勢、9個旅団以上であると思いますけれども、それがいつ、どこで、その攻勢が開始されるか、それが最大の焦点だと思います。
上山
それは明確にわかるものなんでしょうか。
渡部
わかると思います。
上山
木内さんはどうご覧になっていますか。
木内
やはり旧ソ連の国々がロシアから離れていって、従来のケースは崩れていくという流れになっているわけで、それがウクライナ戦争をきっかけに加速しているということだと思います。そうした国々は、ロシアから離れ西側に接近するという形で、いわゆる中立的な立場をとりながら存在感を高めていくということで、旧ソ連の中でのグローバスサウスみたいな、そういった存在に向かっていくのか。
その行方次第では、制裁の効果にかなり影響が出てくるということにもなりますので、西側にとっても旧ソ連国の動きというのは、非常に注目されるところじゃないかと思います。
(2023年5月28日放送)
旧ソ連構成国アルメニアの首相が、ロシア主導の軍事同盟「CSTO=集団安全保障条約機構」からの脱退を示唆する発言をしました。プーチン大統領は、旧ソ連圏の“結束”を狙いますが、ロシアから距離を置く動きが目立ちます。2023年5月28日『BS朝日 日曜スクープ』は、紛争地ナゴルノ・カラバフを訪問した慶應義塾大学教授の廣瀬陽子氏を招き、旧ソ連構成国のロシア離れの実情を特集しました。