番組表

番組概要

第39回民教協スペシャル
時給10円という現実 〜消えゆく農民〜

 
2024年、スーパーの店頭からコメが消えました。新米が出回るころには値段が跳ね上がっていました。「コメはどうなってしまうのか」。コメをつくる人たちは実際のところ何を思っているのでしょうか。「農民がものを言わずに消えていく。今どれだけ大変かが世に伝わっていない」、「コメ農家の時給は10円、誰もそこでは暮らせない」…。山形県長井市の農民、菅野芳秀(かんの よしひで)さん(75)はこう語ります。
 

 
コメ農家など1経営体当たりの2022年の収入は補助金を含めて378万円。肥料代や光熱費などの経営費を除けば手元に残る所得は1万円、平均労働時間で割った時給はわずか10円。稲作農家は特に高齢化が顕著で、20年後に今の60代以上が引退してしまうと、現在の1割台にまで激減すると見込まれています。
 
菅野芳秀さんは身長191センチ、体重100キロほど。妻の佐智子さん(77)とは成田空港建設に対する反対運動「三里塚闘争」の渦中に出会いました。芳秀さんは1949年、現在の長井市に小さな農家の後継者として生まれました。農業に夢や希望は見つけられず東京の大学に進みます。3年生のとき三里塚闘争に参加。千葉県の小学校の教師となっていた佐智子さんは援農のため週末、三里塚に通います。2人は砦で出会いました。1971年3月、砦にこもっていた芳秀さんは逮捕されます。第一次代執行と呼ばれる強制収用で逮捕された農民や支援者は2週間ほどで461人を数えました。
 

 
1年遅れで大学を卒業した菅野さんは「一人の百姓として農村、農業をよくしたい」と帰郷し就農、三里塚で知り合った佐智子さんと結婚します。芳秀さんは長井市内で最後までたった一人、減反を拒否して周囲から孤立。地域で取り組んだ減農薬栽培から農薬の空中散布を阻止。生ごみをたい肥にし地域の台所と田畑をつなぐ「レインボープラン」の立案・稼働…。芳秀さんは「七転び八起き」ではなく「七転八倒」の50年だったと振り返ります。レインボープランは30年近く今も続き、42カ国から3万5千人以上が視察に訪れました。「循環」は菅野さんの農業の軸でもあります。ニワトリは春から秋にかけては放し飼い、小屋の中でもケージではなく平飼いです。
 

 
「本当にいなくなっているんだから農家が。やめさせられてクビになって。知らなかったとは言わせないよ」。菅野さんは講師として招かれた勉強会で国会議員に声を荒らげました。国が進めている大規模な区画整理事業の陰で、大規模化しない、できない農民は田んぼから去っています。農村体験で東京から訪れた高校生には農道に敷いたビニールシートの上で「朽ちていく柿の実から芽吹く柿の種のように、新たな可能性をはらんだ希望の道を自分でつくっていくんだ」と語りかけます。
 
客員教授を務める都内の大学では学生たちに呼び掛けました。「日本から農民がいなくなったとしても、たくさんの市民が農に関わる『国民皆農』こそ、長続きする人間社会、農との関係性だと思う」。家族農業、兼業農家も大規模法人も、そしてベランダ農業も、みんなが土と関わり、みんなが命の世界と関わって暮らす…。そんな未来を模索します。今、農村で何が起きているのか…消えゆこうとする農民の声に耳を傾けます。
 

 
 
◆ナレーション
余 貴美子