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古都、京都に数多くある坂道。そこには、都ならではの風情があふれます。今回は、賀来千香子さんが、京都の坂道を歩く旅。八坂神社から出発し、歴史上の女性たちの思いに触れることができる坂の数々を登りながら、京都を代表する人気スポット・清水寺を目指します。 まずは、八坂神社から続く「長楽寺坂」を登り、古くから「洛中随一絶景の霊地」と称えられる長楽寺へ。そこは「平家物語」にも登場する悲劇の女性ゆかりの寺。賀来さんは、かの有名な「祇園精舎の鐘」とも伝えられる鐘をつくことが出来、大感激。さらに、そこで知ることになるのが、平清盛の娘・建礼門院の物語。源平合戦、壇ノ浦の戦いで生き残り、平家滅亡の瞬間に立ち会った建礼門院の思いとは?
「ねねの道」から続く「台所坂」。その坂を登るとあるのが、豊臣秀吉の正室・ねねが秀吉の菩提を弔うために建てた高台寺。東山の斜面に多くのお堂が建つこの寺は、境内を散策するだけで坂道歩きになります。案内された開山堂、霊屋は、秀吉とねねが共に豊臣家を築きあげた夫婦の歴史が感じられる場所。秀吉がこの世を去り、一人残されたねね。どのように余生を過ごしていたのか?その思いに触れることの出来る場所が、高台寺の坂の上にありました。通常は非公開の茶室・時雨亭。そこから見えたのは、豊臣家滅亡の瞬間? 続いて、京都で有名な「一年坂」「二年坂」「三年坂」へ。二年坂には、美人画で有名な大正ロマンの画家・竹久夢二が通った甘味処があります。夢二の素顔を伝えるエピソードとは?さらに、「三年坂」の名前の由来には、いにしえから清水寺に参拝してきた女性たちの、切なる思いが隠されていました。 坂道を登り、賀来さんが知らなかった京都と出会う旅です。
【専門家出演者】 ●京都国立博物館名誉館員 下坂守さん
都の坂を歩く ~八坂神社から清水寺まで~ 1200年の歴史を誇る古都・京都。今回は、賀来千香子が数々の坂道を巡り、歴史に名を残した女性たちの想いを紐解く!
八つの坂の一つ 長楽寺坂 旅の始まりとなる「八坂神社」で、「八坂」の地名の由来について教えていただいた。 八坂神社の南楼門を出て、約300mの「長楽寺坂」を登り「長楽寺」へ。 三門の前からは市内を一望することができる。この場所は、古くから“洛東随一の風景”を眺めることができると讃えられてきた名刹だという。
<八坂神社> ・住所:〒605-0073京都府京都市東山区祇園町北側625 ・電話:075-561-6155 ・公式サイト:https://www.yasaka-jinja.or.jp/
<長楽寺> ・住所:〒605-0071 京都府京都市東山区円山町626 ・電話:075-561-0589 ・公式サイト:https://www.chorakuji.or.jp/
平家物語に登場 悲劇の女性 長楽寺は平家物語に登場する平清盛の娘・建礼門院(平徳子)ゆかりの寺だという。壇ノ浦の戦いで生き延びた建礼門院は、長楽寺で出家した後に、生涯をかけて平家一門の菩提を弔い続けたのだとか。 出家した当時の姿をうつした木像と御影を見せていただいた。源氏一門に見つからないように墨を塗って祀られた御影の表情からは、無念さや悲壮感が窺えた。
高台寺 秀吉とねねの秘話 豊臣秀吉の正室・ねねにちなんで命名された「台所坂」を登った先にある「高台寺」へ。ねねが秀吉をどのように支えていたのか教えていただいた。 普段は非公開の「霊屋」には、秀吉とねねの像が祀られている。秀吉が亡くなり、一人残されたねねは51歳で出家し、この地で余生を過ごしたのだとか。 伏見城から移築された茶室「時雨亭」で、ねねは茶会を開いたり涼んだりしていたそう。さらに、ここから見届けたという歴史的な節目とは?
<高台寺> ・住所:〒605-0825 京都市東山区高台寺下河原町526 ・電話:075-561-9966 ・公式サイト:https://www.kodaiji.com/
二年坂 竹久夢二が愛した甘味 次に訪れたのは、16段の石段「二年坂」のすぐ脇にある甘味処「かさぎ屋」。 大正時代の画家・詩人の竹久夢二が、この店に通っていた理由と直筆の色紙を残した理由を教えていただいた。 夢二が愛した甘味で、おしるこをシャーベット状にした名物「特製志る古セーキ」を堪能!
<かさぎ屋> ・住所:〒605-0826京都市東山区高台寺桝屋町349 ・電話:075-561-9562
なぜ一年・二年・三年坂? 「一年坂」は約80mの坂道で、「三年坂」は46段の石段となっている。三年坂の麓にある「瓢簞屋」で、瓢簞にまつわる“三年坂の伝説”について教えていただいた。 「三年坂」はかつて「産寧坂」と呼ばれており、女性が安産祈願のためにこの坂を登ったのだとか。一年坂と二年坂は、近代以降に三年坂に準えてつけられた名称とのこと!
<瓢簞屋> ・住所:〒605-0862 京都府京都市東山区清水3-317 ・電話:075-561-8188
なぜ産寧坂?女性がのぼった理由 三年坂を登ると突き当たるのは「清水坂」。平安時代以前から現在に至るまで、“観音信仰の道”として「清水寺」に多くの旅人を導いてきた。 安産の御利益がある「子安の塔」が、明治時代以前には清水寺の一番手前にあったことから、「産寧坂」と呼ばれたとのこと!
<清水寺> ・住所:〒605-0862 京都市東山区清水1-294 ・電話:075-551-1234 ・公式サイト:https://www.kiyomizudera.or.jp/
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古都、京都に数多くある坂道。そこには、都ならではの風情があふれます。今回は、賀来千香子さんが、京都の坂道を歩く旅。八坂神社から出発し、歴史上の女性たちの思いに触れることができる坂の数々を登りながら、京都を代表する人気スポット・清水寺を目指します。


まずは、八坂神社から続く「長楽寺坂」を登り、古くから「洛中随一絶景の霊地」と称えられる長楽寺へ。そこは「平家物語」にも登場する悲劇の女性ゆかりの寺。賀来さんは、かの有名な「祇園精舎の鐘」とも伝えられる鐘をつくことが出来、大感激。さらに、そこで知ることになるのが、平清盛の娘・建礼門院の物語。源平合戦、壇ノ浦の戦いで生き残り、平家滅亡の瞬間に立ち会った建礼門院の思いとは?
「ねねの道」から続く「台所坂」。その坂を登るとあるのが、豊臣秀吉の正室・ねねが秀吉の菩提を弔うために建てた高台寺。東山の斜面に多くのお堂が建つこの寺は、境内を散策するだけで坂道歩きになります。案内された開山堂、霊屋は、秀吉とねねが共に豊臣家を築きあげた夫婦の歴史が感じられる場所。秀吉がこの世を去り、一人残されたねね。どのように余生を過ごしていたのか?その思いに触れることの出来る場所が、高台寺の坂の上にありました。通常は非公開の茶室・時雨亭。そこから見えたのは、豊臣家滅亡の瞬間?
続いて、京都で有名な「一年坂」「二年坂」「三年坂」へ。二年坂には、美人画で有名な大正ロマンの画家・竹久夢二が通った甘味処があります。夢二の素顔を伝えるエピソードとは?さらに、「三年坂」の名前の由来には、いにしえから清水寺に参拝してきた女性たちの、切なる思いが隠されていました。
坂道を登り、賀来さんが知らなかった京都と出会う旅です。
【専門家出演者】
●京都国立博物館名誉館員
下坂守さん
都の坂を歩く ~八坂神社から清水寺まで~
1200年の歴史を誇る古都・京都。今回は、賀来千香子が数々の坂道を巡り、歴史に名を残した女性たちの想いを紐解く!
八つの坂の一つ 長楽寺坂
旅の始まりとなる「八坂神社」で、「八坂」の地名の由来について教えていただいた。
八坂神社の南楼門を出て、約300mの「長楽寺坂」を登り「長楽寺」へ。
三門の前からは市内を一望することができる。この場所は、古くから“洛東随一の風景”を眺めることができると讃えられてきた名刹だという。
<八坂神社>
・住所:〒605-0073京都府京都市東山区祇園町北側625
・電話:075-561-6155
・公式サイト:https://www.yasaka-jinja.or.jp/
<長楽寺>
・住所:〒605-0071 京都府京都市東山区円山町626
・電話:075-561-0589
・公式サイト:https://www.chorakuji.or.jp/
平家物語に登場 悲劇の女性
長楽寺は平家物語に登場する平清盛の娘・建礼門院(平徳子)ゆかりの寺だという。壇ノ浦の戦いで生き延びた建礼門院は、長楽寺で出家した後に、生涯をかけて平家一門の菩提を弔い続けたのだとか。
出家した当時の姿をうつした木像と御影を見せていただいた。源氏一門に見つからないように墨を塗って祀られた御影の表情からは、無念さや悲壮感が窺えた。
高台寺 秀吉とねねの秘話
豊臣秀吉の正室・ねねにちなんで命名された「台所坂」を登った先にある「高台寺」へ。ねねが秀吉をどのように支えていたのか教えていただいた。
普段は非公開の「霊屋」には、秀吉とねねの像が祀られている。秀吉が亡くなり、一人残されたねねは51歳で出家し、この地で余生を過ごしたのだとか。
伏見城から移築された茶室「時雨亭」で、ねねは茶会を開いたり涼んだりしていたそう。さらに、ここから見届けたという歴史的な節目とは?
<高台寺>
・住所:〒605-0825 京都市東山区高台寺下河原町526
・電話:075-561-9966
・公式サイト:https://www.kodaiji.com/
二年坂 竹久夢二が愛した甘味
次に訪れたのは、16段の石段「二年坂」のすぐ脇にある甘味処「かさぎ屋」。
大正時代の画家・詩人の竹久夢二が、この店に通っていた理由と直筆の色紙を残した理由を教えていただいた。
夢二が愛した甘味で、おしるこをシャーベット状にした名物「特製志る古セーキ」を堪能!
<かさぎ屋>
・住所:〒605-0826京都市東山区高台寺桝屋町349
・電話:075-561-9562
なぜ一年・二年・三年坂?
「一年坂」は約80mの坂道で、「三年坂」は46段の石段となっている。三年坂の麓にある「瓢簞屋」で、瓢簞にまつわる“三年坂の伝説”について教えていただいた。
「三年坂」はかつて「産寧坂」と呼ばれており、女性が安産祈願のためにこの坂を登ったのだとか。一年坂と二年坂は、近代以降に三年坂に準えてつけられた名称とのこと!
<瓢簞屋>
・住所:〒605-0862 京都府京都市東山区清水3-317
・電話:075-561-8188
なぜ産寧坂?女性がのぼった理由
三年坂を登ると突き当たるのは「清水坂」。平安時代以前から現在に至るまで、“観音信仰の道”として「清水寺」に多くの旅人を導いてきた。
安産の御利益がある「子安の塔」が、明治時代以前には清水寺の一番手前にあったことから、「産寧坂」と呼ばれたとのこと!
<清水寺>
・住所:〒605-0862 京都市東山区清水1-294
・電話:075-551-1234
・公式サイト:https://www.kiyomizudera.or.jp/