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今回は、茶の湯を完成させた千利休と、茶を天下獲りに利用した織田信長・豊臣秀吉。お茶にまつわる歴史上の人物ゆかりの場所を訪ねる2時間スペシャル。 まずは、利休の面影を訪ねて……京都の茶といえば誰もが思い浮かべる「宇治」へ。室町時代より茶の名産地として知られる宇治で、茶の伝統を守り続けてきたのが老舗茶舗「上林春松(かんばやししゅんしょう)本店」。初代、上林春松は天下人、豊臣秀吉に仕え、千利休とも親交があったといいます。この店に伝わる、利休ゆかりのものとは。そして11月は「茶の正月」と言われる季節。新茶を壺から開ける茶人の儀式「口切の茶事」を特別に見せて頂きます。室町時代、3代将軍足利義満が建てた「相国寺(しょうこくじ)」は、茶の文化と深い関わりのある禅寺。実はこの寺ではあの織田信長による茶会が開かれ、そこには千利休が列席していたと伝わります。そして鎌倉時代の終わりに開かれ、のちに利休も深く関わった寺が大徳寺。その中にある「瑞峯院(ずいほういん)」には、千利休が作った茶室「待庵」を復元した茶室が。特別に中でお茶を頂きながら、茶室の原型とも言われる様々な工夫を見せてもらいます。また、茶の心は茶室だけでなく、使う道具にも宿っていました。中でも茶釜の伝統を今に伝えるのが現在16代目を数える大西清右衛門さん。中でも利休好みと言われる貴重な茶釜を見せて頂きます。そこに施された意外な工夫とは。さらに江戸時代より生麩を作り続ける老舗「麸嘉(ふうか)」へ。利休の茶会で度々出されたという茶菓子を特別に食べさせて頂きます。そして、織田信長と豊臣秀吉ゆかりの寺「黄梅院(おうばいいん)」には、利休が手掛けたという美しい庭が今も大切に受け継がれていました。 続いて、天下人とお茶の物語をひもとくため、織田信長とゆかりの深い「本能寺(ほんのうじ)」へ。そこに立つ「信長公廟(のぶながこうびょう)」には、愛用していた刀が供養されていました。そして、「大賓殿宝物館(だいほうでんほうもつかん)」で、「本能寺の変」前夜に突然鳴き出したと伝わる「三足蛙の香炉」や、本能寺の変で亡くなった方々の名前を記した碑を見せていただきます。「本能寺の変」前夜に開かれた茶会で使われていたという「霰釜(あられがま)」は、信長のお茶の指南役でもあった利休好みの道具であったのだとか。さらに、信長が所有していた中国から輸入された茶器、「建盞天目茶碗(けんさんてんもくちゃわん)」を拝見。信長はこれらの茶器を、どのようにして政治の道具として使ったのでしょうか?次に訪れた「高台寺(こうだいじ)」は、秀吉の正室・北政所(きたのまんどころ)が、秀吉を弔うために建てた寺。境内にある「霊屋(おたまや)」には、秀吉と北政所の像が置かれていました。そして、伏見城から移築されたと伝わる2つの茶室「傘亭・時雨亭(かさてい・しぐれてい)」へ。そこで知る、秀吉と千利休との関係とは?続いて訪れたのは、安土桃山時代に建てられた大徳寺・塔頭「総見院(そうけんいん)」。秀吉が作ったという信長等身大の坐(ざ)像を見せていただき、境内にある茶室へ。お茶をいただきながら、なぜ武将がお茶にひかれていったのか、教えていただきます。そして、豊臣家とつながりのある「北野天満宮(きたのてんまんぐう)」へ。この場所で豊臣秀吉は、「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」という、盛大なお茶会を開きました。そんな信長や秀吉に仕えお茶を広めた千利休が眠る、大徳寺・塔頭「聚光院(じゅこういん)」へ。利休像やお墓から浮かび上がる、お茶への思いとは? 時代を彩った人々と、お茶とのゆかりの地を歩きながら…彼らの意外な素顔をひもといていきます。
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今回は、茶の湯を完成させた千利休と、茶を天下獲りに利用した織田信長・豊臣秀吉。お茶にまつわる歴史上の人物ゆかりの場所を訪ねる2時間スペシャル。
まずは、利休の面影を訪ねて……京都の茶といえば誰もが思い浮かべる「宇治」へ。室町時代より茶の名産地として知られる宇治で、茶の伝統を守り続けてきたのが老舗茶舗「上林春松(かんばやししゅんしょう)本店」。初代、上林春松は天下人、豊臣秀吉に仕え、千利休とも親交があったといいます。この店に伝わる、利休ゆかりのものとは。そして11月は「茶の正月」と言われる季節。新茶を壺から開ける茶人の儀式「口切の茶事」を特別に見せて頂きます。室町時代、3代将軍足利義満が建てた「相国寺(しょうこくじ)」は、茶の文化と深い関わりのある禅寺。実はこの寺ではあの織田信長による茶会が開かれ、そこには千利休が列席していたと伝わります。そして鎌倉時代の終わりに開かれ、のちに利休も深く関わった寺が大徳寺。その中にある「瑞峯院(ずいほういん)」には、千利休が作った茶室「待庵」を復元した茶室が。特別に中でお茶を頂きながら、茶室の原型とも言われる様々な工夫を見せてもらいます。また、茶の心は茶室だけでなく、使う道具にも宿っていました。中でも茶釜の伝統を今に伝えるのが現在16代目を数える大西清右衛門さん。中でも利休好みと言われる貴重な茶釜を見せて頂きます。そこに施された意外な工夫とは。さらに江戸時代より生麩を作り続ける老舗「麸嘉(ふうか)」へ。利休の茶会で度々出されたという茶菓子を特別に食べさせて頂きます。そして、織田信長と豊臣秀吉ゆかりの寺「黄梅院(おうばいいん)」には、利休が手掛けたという美しい庭が今も大切に受け継がれていました。
続いて、天下人とお茶の物語をひもとくため、織田信長とゆかりの深い「本能寺(ほんのうじ)」へ。そこに立つ「信長公廟(のぶながこうびょう)」には、愛用していた刀が供養されていました。そして、「大賓殿宝物館(だいほうでんほうもつかん)」で、「本能寺の変」前夜に突然鳴き出したと伝わる「三足蛙の香炉」や、本能寺の変で亡くなった方々の名前を記した碑を見せていただきます。「本能寺の変」前夜に開かれた茶会で使われていたという「霰釜(あられがま)」は、信長のお茶の指南役でもあった利休好みの道具であったのだとか。さらに、信長が所有していた中国から輸入された茶器、「建盞天目茶碗(けんさんてんもくちゃわん)」を拝見。信長はこれらの茶器を、どのようにして政治の道具として使ったのでしょうか?次に訪れた「高台寺(こうだいじ)」は、秀吉の正室・北政所(きたのまんどころ)が、秀吉を弔うために建てた寺。境内にある「霊屋(おたまや)」には、秀吉と北政所の像が置かれていました。そして、伏見城から移築されたと伝わる2つの茶室「傘亭・時雨亭(かさてい・しぐれてい)」へ。そこで知る、秀吉と千利休との関係とは?続いて訪れたのは、安土桃山時代に建てられた大徳寺・塔頭「総見院(そうけんいん)」。秀吉が作ったという信長等身大の坐(ざ)像を見せていただき、境内にある茶室へ。お茶をいただきながら、なぜ武将がお茶にひかれていったのか、教えていただきます。そして、豊臣家とつながりのある「北野天満宮(きたのてんまんぐう)」へ。この場所で豊臣秀吉は、「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」という、盛大なお茶会を開きました。そんな信長や秀吉に仕えお茶を広めた千利休が眠る、大徳寺・塔頭「聚光院(じゅこういん)」へ。利休像やお墓から浮かび上がる、お茶への思いとは?
時代を彩った人々と、お茶とのゆかりの地を歩きながら…彼らの意外な素顔をひもといていきます。